協会誌「大地」No49

川崎地質(株)北日本支社菊山 浩喜

 

川崎地質(株)事業本部 原田 晋太郎/油野 英俊

 

地形・地質・水文特性から見た深層崩壊に起因した土石流の発生危険区域の特徴

1.はじめに

1997年7月10日に鹿児島県出水市針原川で発生した土石流など、崩壊土砂量が104〜105m3の、深層崩壊に起因する土石流(以下、深層崩壊起因型土石流と呼ぶ)は、そのメカニズムがほとんど解明されておらず、発生の危険性を有する渓流の抽出手法も確立されていない。このため、発生頻度は少ないが、一旦発生すると大きな災害となりやすく、これまでに多くの人命が奪われてきた。

本研究では深層崩壊起因型土石流発生危険渓流の抽出手法を確立するため、針原川の事例を中心に近年のいくつかの発生事例について、発生場とその周辺の地形、地質・水文特性とその共通性を検討した。

また、これらの検討結果より、深層崩壊起因型土石流の抽出手法について検討を行った。

2.鹿児島県出水市針原川で1997年7月10日に発生した深層崩壊起因型土石流の事例

2.1 針原川周辺流域の地形、地質的特徴と水文特性

針原川深層崩壊地についてはボーリングコア観察と地中レーダ探査、地表踏査により地形・地質的特徴を整理した。また針原川を含めた矢筈岳西麓各流域について、地形図・地質図・空中写真及び各流域の地表踏査と流量観測結果等の文献、資料の検討、及び現地地表踏査より、各流域の地形、地質的特徴と水文特性を整理し、それらの関係を考察した。

矢筈岳西麓には、山頂を中心として放射状に水系が発達する。概略的な地質構成はいずれの渓流も針原川と同様で、凝灰角礫岩層を厚い安山岩溶岩層が覆っている。しかし表層を覆う安山岩の層厚は、流域によってかなり差があることが予想される。

鹿児島県の流量観測結果や地頭園ほか1)によると、各流域で降雨後の減水傾向は異なり、針原川本川の他、一部の渓流では他渓流と比較して降水に伴う流量のピーク後の減水が遅い傾向が認められる。このような流出特性を持つ流域では、減水の早い流域と比較して、難透水層と考えられる凝灰角礫岩を覆う安山岩の層厚が下流域まで厚い傾向が認められる。しかもその中〜下流域には山頂、山腹緩斜面が広く分布する場合が多く、風化、亀裂の緩みの進行が予想される。このため中〜下流域では風化した安山岩が分布するにも関わらず、上流域より谷密度(0次谷谷頭の単位面積当たりの箇所数)が減少し、減水の早い流域と比較して谷密度は少ない傾向が認められた。これらの地質、地形的特徴から、減水の遅れが認められる流域では、難透水層である凝灰角礫岩を覆う安山岩溶岩層により、多量の地下水を貯留する地盤構造が形成されていると考えられる。また、減水の遅れが認められる一部の渓流では、中流域の透水層(安山岩)、不透水層(凝灰角礫岩)境界付近にあたる山腹斜面から顕著な湧水が認められるか、またはこの地層境界付近で渓流の流量、流水の水温、電気伝導度に大きなギャップが認められ(図―1)、地下水湧出の存在が予想された。

図

図-1 降雨時流量のピーク後の減水が認められる鹿児島県
矢筈岳西麓安原川の流水の水温・電気伝導度の変化

針原川の土石流発生場である深層崩壊地も、地表踏査及び地中レーダ探査、既存のボーリングコア観察結果より、難透水層である凝灰角礫岩を、崩壊源となった層厚30m程度の厚い風化安山岩が覆っており、その境界部からは崩壊後も常時湧水が確認されている。針原川の基底流出も、この崩壊斜面付近からの湧出量が大部分を占めていることが指摘されている1)

2.2針原川の事例からみた深層崩壊起因型土石流発生場の地盤条件

針原川深層崩壊地の地盤構造と矢筈岳西麓流域の地形、地質的特徴から、深層崩壊起因型土石流発生場を形成する地盤条件について考察する。

 針原川深層崩壊地とその周辺の地盤構造 は、@背後に大量の地下水を貯留し、A崩壊発生場に地下水を集中させ、B崩壊の材料となるぜい弱な地質が深部まで存在することが推定される。これらの3条件が重なった箇所が発生場となったことが予想される。

@背後に大量の地下水を貯留する地盤構造は、凝灰角礫岩上の厚い安山岩層の存在によって形成されている。A崩壊発生場に地下水が集中する地盤構造は、凝灰角礫岩と安山岩の難透水層、透水層境界、及び安山岩内の亀裂発達度と風化程度の相違による透水性の変化によって形成されている。B深部まで存在する崩壊の材料となるぜい弱な地質は、層厚約30m に達する厚い安山岩強風化帯によって形成されている。この強風化帯については、深層崩壊発生場付近は水俣南断層群の南端部に位置し、多くの研究者が断層の存在を示唆していることから、断層に伴う破砕帯が関係する可能性もある。

他の最近の事例についての検討結果も併せて、深層崩壊起因型土石流発生場を形成する地盤条件と関連する地形、地質、水文特性を図-2にまとめる。

図

図-2 深層崩壊起因型土石流発生場を形成する地盤条件

3.深層崩壊起因型土石流発生危険区域の抽出手法検討

これまでの検討結果を基に、深層崩壊起因型土石流発生危険渓流の抽出手法案を図-3に示す。

本案では、深層崩壊起因型土石流危険渓流抽出手順を、スケールを変えて大きく二段階に分ける。これは抽出すべき項目のスケールがそれぞれ大きく異なるため、マクロ的なスケールでの抽出作業とミクロ的なスケールでの抽出作業が、それぞれ必要となるためである。

図

図-3 深層崩壊起因型土石流発生危険渓流抽出手順(案)

これまでの土石流危険渓流調査方法と異なり、深層崩壊起因型土石流を対象とする場合は、その発生が地下水の挙動に大きく影響されるため、調査は渓流単位ではなく、地下水の挙動を規制する特定の地質体、地質構造の分布単位で考える必要がある。深層崩壊起因型土石流の発生に大きな影響を与えると考えられる崩壊発生場に供給される地下水は、地形的な流域界には規制されず、地盤構造に大きく規制されていることが推定される。崩壊発生場に供給される地下水の涵養域は、地形的な流域界よりさらに広域である可能性がある。このため、これまでの土石流危険渓流調査法では渓床部に調査の主眼が置かれていたが、深層崩壊起因型土石流危険渓流を抽出するためには、地形的な流域界にとらわれず、渓床部のみでなく、尾根部や山腹斜面の調査をより重視して行う必要がある。

4.まとめ

近年の深層崩壊起因型土石流発生事例について地形、地質、水文的特徴を検討した結果、地下水が背後に貯留され、発生場に集中する可能性のある地盤構造が共通して認められ、発生場には深層崩壊の材料となる脆弱な地質が厚く分布していることが明らかとなった。

既往の土石流危険渓流調査要領(案)に基づく調査は、各渓流の流域単位を原則とし、主に河床部や谷壁斜面、谷頭部が調査対象となっている。

深層崩壊起因型土石流の発生危険渓流では、土石流発生に大きく関与すると考えられる地下水貯留域は、地形的な流域界には規制されず、より広域な地盤構造に支配されている可能性がある。このため、発生危険渓流抽出には、流域単位ではなく、尾根部や渓流の後背地域も含めた、よりマクロ的な視点での検討が必要である。

深層崩壊起因型土石流は、発生事例が少なく、特に水文特性についてはまだ十分に調査、検討されているとは言えない。今後、さらに水文特性と地形、地質状況との関連性を検討し、より適切な抽出手法を開発する必要がある。

引用・参考文献

  1. 技術報告地頭園隆・下川悦郎・寺本行芳:南九州の火山地域における崩壊の水文地形学的検討、地すべり、Vol.36、No.4、pp.14-21, 2000.

目次へ戻る

Copyright(c)東北地質業協会