協会誌「大地」No49

(独)産業技術総合研究所 活断層研究センター 遠田 晋次

 

2008年岩手・宮城内陸地震に伴う地表地震断層

1.はじめに

活断層研究センターでは、地震発生の翌日より現地調査を実施し、余震域東縁の南北約20kmにわたって断続的に分布する地表地震断層(以下、地震断層と略す)を確認した(図1)。

地震断層の多くは西側上がりの上下変位と東西短縮を主体とし、最大変位量は50cm程度であったが、一部でメートルオーダーの変位を示す地点も確認された。全体としては、WNW-ESE方向に圧縮された変形で説明でき、本震の逆断層メカニズム解ともほぼ調和的である。以下では、地震断層を連続性から北部(国見山南東斜面)、中部(餅転〜蛇沢)、南部(行者滝〜荒砥沢・新田)に分けて簡単に紹介する。また、震源との関係や地震断層がいわゆる「活断層」であったか否かについても若干触れたい。

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図1 岩手・宮城内陸地震の本震と1ヶ月の余震と地表地震断層の分布

2.地表地震断層帯の分布・性状の概要

2.1 北部地域

国見山南東山麓では、西向き斜面に1m程度西側上がりの新鮮な崖が出現した。斜面低下側が上昇し、出現した断層面が斜面上側を向くことから、「逆向き低崖(低断層崖)」といい、地すべりと区分する根拠の1つにもなる。アスファルトの段差のほか、路面や側溝、ガードレールの短縮を頼りに追跡したところ、南北に少なくとも0.5km連続することがわかった。地震断層の一部は既存の逆向き低崖地形の基部に沿って出現している。

2.2 中部地域

岩手県道49号線沿いおよび周辺の低地では、約8kmにわたって断続的に地震断層が出現した。餅転(図2a)〜岡山および蛇沢では、約50cm以下の北西側隆起と北西-南東方向の水平短縮を伴う。餅転では地震断層は約700mにわたって「しの字」に連続する。道路や水田だけではなく、河床にも30-40cm程度の段差が出現した。露出した断層をみると、基盤の凝灰岩の層理面沿いに変位するフレキシュラルスリップ(flexural slip)であった。一方、はのきだち付近では約400mにわたって直線上に地震断層が出現した。田植え直後の水田で、隆起側が干しあがり、沈降側で浸水する状況が観察された(図2b)。最大45cmで南東側が上昇し、周辺とはセンスが異なる。鈴木ほか(2008)によると、約100m東に西側隆起の傾動が推定されるため、この断層は主断層から分岐したバックスラスト(背面で逆向きに傾斜する逆断層)であるという。

中部区間での地震断層にともなう地表のずれはわずかである。水田、道路、側溝など人工構造物が無い限り、分布や変位量の検出は難しい。地震断層の断続的分布は、このような人工構造物の分布にも影響されているのかしれない。

2.3 南部地域

荒砥沢ダム北方では、メートルオーダーのずれを示す地震断層が東西約0.7kmにわたって出現した(図2c 、以下便宜上「荒砥沢断層」と定義する)。

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図2 各地で確認された地震断層。a)餅転(北西を望む),b)はのきだち(南南西を望む),c)荒砥沢ダム北方の市道。約3.5mの右横ずれ。

荒砥沢断層は尾根を直線的に横切る東西走向区間を主体とし、その東端と西端でそれぞれ逆断層に分岐している(図3)。両端にみられる逆断層部は西側隆起を示し、表層では撓曲変形によって特徴付けられる。断層下盤にある樹木が上盤側へのめり込んでいる状況から、水平短縮量もわかる。東西走向区間は右横ずれ変位を主体とする。横ずれ断層に典型的な逆向き低崖、モールトラック(横ずれに伴う地面の盛り上がり)、閉塞丘、フィッシャー(横ずれに伴う裂け目)、山道や小沢の横ずれ変位(図4)などが認められる。最大右横ずれ4〜7m、北上がり2〜4mの変位が計測された。この横ずれ断層は、2つの逆断層のステップに伴う胴切断層と考えられる。荒砥沢断層の東西両端はともに巨大崩壊地のため延長は容易に追跡できない。しかしながら、約1km北東の行者滝付近では約1.4mの東西短縮、約2km南の荒砥沢ダム堤体近傍では最大50cmの西側隆起と東西短縮が確認された。南北に延びている可能性が高い。

なお、この荒砥沢断層に関して、超巨大地すべり」と解釈する意見も一部にある。しかし、各所で観察・計測された逆向き崖や大規模な尾根筋の横ずれは明らかに重力作用に反するテクトニックなものである。周辺の測地データもこれを支持する。荒砥沢断層の北西約4kmのGPS基準点「栗駒2」では約2.1mの隆起と約1.5mの水平変動が確認されており(国土地理院、2008)、断層沿いでメートルオーダーの変位がなければ説明できない。さらに、神谷ほか(2008)は地震前後の空中写真を用いた差分計測を行い、周辺全域での東西短縮傾向と荒砥沢断層周辺で横ずれ変位が最大となるベクトルを示した。地すべり土塊側面ではないことは明確である。なお、荒砥沢断層に関するさらに詳しい記載や写真は吉見ほか(2008)を参照されたい。

一方、荒砥沢断層とは別に、荒砥沢ダムの2-4km東方の荒砥沢・新田地区では、上下変位量20-30cm程度の北東走向・南東側隆起の低崖・撓曲が東西1km程度の間隔で3条確認された。これらは中部区間の南延長部にあたるのかもしれない。

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図3 荒砥沢ダム北方地点で出現した地震断層(「荒砥沢断層」)。

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図4 荒砥沢断層東端付近の地形陰影図。断層の分岐および山道(A,B)と小沢(C)の右横ずれが計測・再現されている。

3.震源断層との対応

地震波と測地データを用いた震源インバージョンモデルから、震源断層は概ね西傾斜の逆断層とされている。したがって、余震域東縁に地震断層が分布する調査結果と整合する。また、すべてのモデルでアスペリティ(地震時のすべりの大きな部分)は震源よりも南に位置する。特に余震域南部の浅い部分にアスペリティを置くモデルが多く(例えば、野津、2008)、荒砥沢断層と対応が良い。一方、中部区間では地震時に地下深部が大きくすべり、その後すぐに(大部分は地震後1〜3日以内)表層部が最大30m程度余効的にすべったされている(Iinuma et al.、2008)。中部区間で変位が比較的小さいという地表観察結果と合う。

4.断層変位の反復性について

岩手・宮城内陸地震は活断層の存在が指摘されていない地域で発生したが、断続的ながら地震断層は出現した。振り返って地形を見直すと、国見山南東斜面・餅転・岡山・はのきだちおよび荒砥沢ダム北方尾根の各地点では、地震断層はいずれも既存の低崖の斜面基部に沿って現れている。また、岡山〜はのきだちにかけては、第三系を切る地質断層(片山・梅沢、1958)沿いに変状が認められる。はのきだちのように、段丘面に変位の累積が推定できる断層崖もある(鈴木ほか、2008)。さらに、岡山地区(図5、産総研)、はのきだち(鈴木ほか、2008)ではトレンチ調査により、ごく最近の断層変位が検出されており、過去にも大地震が繰り返されてきたことは間違いない。ただし、図示できる「活断層」として連続性が確認できるものではなかった。低頻度の断層活動および地形の自然改変のなかで、どのように活断層を見いだし、地震規模・頻度を的確に予測するかが今後の課題となろう。

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図5 一関市厳美町岡山地区におけるトレンチ壁面。段丘構成礫層が約2m上下に変位している。2008年地震に先行する地震イベントによる。

5.おわりに

今回の地震では斜面崩壊が多発し、各所で道路が寸断され、調査範囲が制約された。そのため、栗駒山東麓など余震域でありながら未踏査の地域が存在する。一部SARデータの解析結果で、栗駒山東麓を南北に横切る東傾斜の逆断層が指摘されている(高田ほか、2008)。また、堤(私信、2008)によると、真湯温泉の西約2kmの国道に明瞭な上下変位が観察されるという。したがって、今後さらに地震断層が見つかる可能性もある。地表での断層変位は予想以上に複雑なのかもしれない。

本稿で示した内容は、活断層研究センター地震緊急調査チームの丸山 正・吉見雅行・金田平太郎・粟田泰夫・吉岡敏和・安藤亮輔の諸氏とともに実施したものである。調査に際して、大学の諸先生、地質および測量コンサルタント会社の方々から地表変状に関する貴重な情報を提供していただきました。また、地元自治体・住民の方々には、調査へのご理解とご協力を賜りました。ここに記して感謝申し上げます。

文献:

Iinuma,T.,et al.,Postseismic deformation associated with the Iwate-Miyagi Nairiku earthquake in 2008,Abstracts in the 7th General Assembly of Asian Seismological Commision,A22-13,2008.

片山信夫・梅沢邦臣、7万5千分の1地質図幅「鬼首」、および同説明書、1958.

神谷 泉・小荒井衛・関口辰夫・岩橋純子・中埜貴元、2008年岩手・宮城内陸地震における荒砥沢ダム北方の水平変位、写真測量とリモートセンシング、印刷中、2008.

国土地理院、平成20年(2008年)岩手・宮城内陸地震に伴う地殻変動(第2報)、http://www.gsi.go.jp/johosystem/johosystem60032.html、2008.

野津 厚、経験的グリーン関数を用いた波形インバージョンにより推定される2008年岩手・宮城内陸地震の破壊過程、2008年日本地震学会秋季大会講演要旨集、A11-10、2008.

鈴木康弘ほか、2008年岩手・宮城内陸地震に関わる活断層とその意義−一関市厳美町付近の調査速報−、活断層研究、29号、25-34、2008 。

高田陽一郎ほか、だいちPALSARデータから推定した2008年岩手・宮城内陸地震に伴う地殻変動、2008年日本地震学会秋季大会講演要旨集、A11-07、2008.

吉見雅行ほか、2008年岩手・宮城内陸地震に伴う地震断層、最大右横ずれ量4−7mの荒砥沢ダム北方地震断層トレース、活断層研究、29号、i-ii、2008.

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