協会誌「大地」No49

東北大学大学院理学研究科 地震・噴火予知研究観測センター 海野 徳仁

 

2008年岩手・宮城内陸地震

〜今までにわかったこと・まだわからないこと〜

1.はじめに

2008年6月14日08時43分頃、岩手県南部の深さ約8kmを震源とするマグニチュード(M)7.2の地震が発生した。この地震により、岩手県と宮城県で最大震度6強を観測し、死者13名、行方不明者10名(7月14日時点)などの大きな被害をもたらした。発震機構は西北西−東南東方向に圧縮軸を持つ逆断層型で、東北地方奥羽脊梁山地のひずみ集中帯で発生した内陸地震である。岩手・宮城内陸地震により、岩手県一関西観測点では3,866gal(上下動成分)などの大きな加速度が観測され、大規模な地滑りや土石流による斜面被害が発生した。その一方で、全・半壊家屋はそれぞれ23棟・65棟にとどまっている。地震は、近年、日本国内で発生した逆断層型の内陸地震としては最大規模の地震であり、このような大規模地震の発生機構を理解することは、他の地域における地震発生予測にも不可欠である。本稿では、地震発生直後から全国の大学や研究機関が合同で震源域およびその周辺域に設置した、臨時余震観測点やGPS連続観測点の観測データを基に、現在までに得られた解析結果について概要を紹介する。

2.現時点の研究成果

2.1 陸上臨時地震観測による余震活動

本震発生直後から、東北大学を中心として、全国の大学および研究機関が協力して、震源域およびその周辺領域に臨時地震観測点を設置して、既設の地震観測点とも連携して、総計140点以上の地震観測網を構築した。この合同観測では、ほぼ2ヶ月間の連続観測を継続し、その後は、東北大、東大、京大などによる臨時観測を11月中旬まで継続した。本震発生直後の余震活動の非常に活発な時点から、膨大な高品質の観測データが得られている。これらの観測データを用いて決定された余震の震源分布を図1に示す。余震は北北東−南南西方向にのびており、長さ約45km、幅約15km程度の広がりを持っている。本震時の断層面上のすべり分布の研究などから、実際に本震時に大きくすべった領域は、本震震源から南南西方向に15〜20km程度の浅い領域であり、図1に示した余震域よりも狭い範囲であると考えられる。

図1に示された余震の深さは西側に向かって深くなっており、本震の断層面が西側に傾斜していたことを表している(岡田ほか、2008)。断面@の余震分布の浅部延長が地表と交わる地点には、活断層である北上低地西縁断層帯の最南端である出店断層(図上部の四角形)がみられる。本震時のすべり量は、断層の両端部ではそれほど大きくはなかったことから、出店断層の深部は本震の断層すべりにより誘発された可能性が高いと考えられる。図1の右図は余震の南北断面図である。余震は深さ約2〜10km程度まで分布しているが、余震域の北端と南端では深い余震はほとんど発生してはいない。本震の震源付近およびその北側に隣接した領域でのみ深い余震が発生している。

本震、余震の空間分布と地震波速度分布との関係を調べた結果を図2に示す。ダブルディファレンス地震波トモグラフィ(Zhang and Thurber,2003)により得られた地震波速度偏差をカラースケールで表してある。本震の震源(図中の白星印)の直下の下部地殻および最上マントルには、地殻流体の上昇経路に対応すると考えられる地震波の低速度域が分布している。このことから、今回の地震の発生に地殻流体が関わっている可能性が示唆される。内陸の大地震の発生と地殻流体との関わりは、1962年M6.5宮城県北部地震(Nakajima and Hasegawa,2003)、1995年M7.2兵庫県南部地震(Zhao et al., 1996)、2000年M7.2鳥取県西部地震(Zhao et al., 2008)、2004年M6.8新潟県中越地震(Nakajima and Hasegawa,2008)、2007年M6.8新潟県中越沖地震(Nakajima and Hasegawa,2004)、2007年M6.9能登半島地震(東北大学理学研究科,2007)などでも指摘されている。

余震(図中の白丸)は地震波の高速度域にのみ発生していることがわかる。一般に、地震波の高速度域は低温であり、低速度域は高温になっていると考えられる。地表の活火山(図中の赤三角印)の直下には、地殻流体(マグマや水)の上昇流の流路と考えられる地震波低速度域が3本みられる。これらの低速度は、北からそれぞれ、焼石岳、栗駒山、鬼首の活火山の下の地殻流体(マグマ)に対応するものであろう。今回の地震の余震は、低速度領域(高温部)を見事に避けるように発生していることがわかる。

今後は、地震波速度構造(温度構造と翻訳できる)と本震の発生機構や余震の分布との関係を明らかにしていくことが重要であると考えられる。

2.2 GPSを用いた地殻変動調査の研究成果

今回の地震は、GPS観測データや過去100年間の地殻水平ひずみ速度の分布等の解析により指摘されている東北地方奥羽脊梁山地のひずみ集中帯(Miura et al., 2002)の内部で発生した。このひずみ集中帯では、1896年陸羽地震(M7.2)、1970年秋田県南東部地震(M6.2)などの規模の大きな地震や、微小地震が集中して発生している。

本震発生直後から、全国の大学により臨時GPS連続観測点の設置作業が始まり、臨時観測点16点と既設のGPS連続観測点とを併合した、前例のない稠密GPS観測網が完成した。本震発生時には、震源に最も近いGPS観測点(一関市祭畤:防災科学技術研究所)で、156cmの隆起、東へ45cm、北へ34cmの地表変動が観測されており、周辺のGPS観測点の地表変動のデータと併せて解析した結果、地震時すべりとしては最大8.5m、モーメントマグニチュードに換算してMw6.95のすべりが推定されている(Ohta et al., 2008)。推定された地震時すべりの分布を図3に赤色実線コンターで示した。すべり量の大きな領域は、本震の震源から南南西に15〜20km程度の浅い領域である。

これらのGPS観測点のデータの中には地震発生後から数ヶ月にわたって、ゆっくりとした地表変動が観測されている。これらの地表変動を、震源断層の余効すべりによるものとして推定した空間分布を、図3にカラーコンターで示す(飯沼ほか、2008)。余効すべりの大きな領域は、地震時すべりの大きかった領域の東側に集中している。すなわち、地震時すべりの大きかった領域の浅部延長で、その後、数ヶ月間にわたって、余効すべりが発生したことになる。この余効すべりの大きい領域では、余震(図中の灰色丸印)はほとんど発生していない。

3.まとめ

2008年岩手・宮城内陸地震(M7.2)は、東北地方奥羽脊梁山地のひずみ集中帯で発生した地震であり、そのメカニズム解は東西方向の主圧力軸を持つ逆断層型である。余震分布から得られた断層面は、北北東−南南西に分布しており、長さ約45km、幅約15km程度であるが、本震時のすべり量の大きかった領域はそれよりも狭い範囲であった。震源域の北端と南端では、震源の深い余震はほとんど発生してはいない。

地震波速度構造と余震の分布を比べた結果、今回の地震の破壊の開始点(本震の震源)の直下には、最上部マントルから下部地殻にかけて地震波低速度域が分布しており、内陸地震と地殻流体の関係が示唆される。さらに、震源域の北端は焼石岳、南端は鬼首・鳴子の活火山で区切られており、断層すべりの空間分布が地下の温度分布により制限されている様子を示唆している。

稠密GPS観測の結果から、震源断層上では、地震時すべりと余効すべりが棲み分けていることが明らかとなった。さらに、余効すべりの大きな領域では余震がほとんど発生していないこともわかった。これらは、断層面上のすべり様式を考える上できわめて重要である。

4.おわりに

本震発生後から実施した臨時の余震観測およびGPS観測の観測データの解析は、現在も進行中である。現時点で、2008年岩手・宮城内陸地震は、東北地方で発生した逆断層型の地震としては最大級であることがわかった。今回の地震の震源域は、東北地方奥羽脊梁山地のひずみ集中帯に位置しており、震源域は地震波高速度領域となっている。また、震源域の直下の下部地殻から最上部マントルにかけては地震波低速度域が分布しており、地下深部からの地殻流体の上昇流が地震発生に深く関わっていることを示唆している。しかし、現時点でも解明できていないことが多く、なぜ火山の近傍でこのような大きな地震を起こすひずみエネルギーを蓄積できたのか?なぜ短周期の地震波が卓越していたのか?などの課題が残る。今後は、詳細な断層面の形状や周辺の地殻構造の研究を進めることにより、内陸地震の発生機構の解明につとめていきたい。

参考文献

飯沼卓史ほか(2008):稠密GPS観測網による2008年岩手・宮城内陸地震の余効変動の時空間変化推定、日本測地学会講演会要旨集、75.

岡田知己、海野徳仁、長谷川昭、2008年岩手・宮城内陸地震緊急観測グループ(2008):2008年岩手・宮城内陸地震−震源域の地下構造からみたマグマ・地殻流体との関係−、科学、78、978−984.

東北大学理学研究科、2007:2007年新潟県中越沖地震・能登半島地震・2004年新潟県中越地震震源域直下の地震波低速度域、地震予知連絡会会報、79、368−371.

Miura, S., T.Sato, K.Tachibana, Y.Satake, and A.Hasegawa(2002): Strain accumulation in and around Ou Backbone range, northeastern Japan as observed by a dense GPS network, Earth Planets Space, 54, 1071-1076.

Nakajima, J., and Hasegawa, A., 2003: Tomographic imaging of seismic velocity structure in and around the Onikobe volcanic area, northeastern Japan: Implications for fluid distribution, Journal of volcanology and geothermal research, 127, 1-18.

Nakajima, J., and Hasegawa, A., 2008 in press:Existence of low-velocity zones under the source areas of the 2004 Niigata-Chuetsu and 2007 Niigata-Chuetsu-Oki earthquakes inferred from travel-time tomography, Earth Planets Space.

Ohta, Y., M.Ohzono, S.Miura, T.Iinuma, K.Tachibana, K.Takatsuka, K.Miyao, T.Sato, and N.Umino, 2008 in press: Coseismic fault model of the 2008 Iwate-Miyagi Nairiku earthquake deduced by a dense GPS network, Earth Planets Space.

Zhang, H., and Thurber, C. H., 2003: Double-Difference tomography: The method and its application to the Hayward Fault, California, BUll. Seismol. Soc. Am., 93, 1875-1889.

Zhao, D., Kanamori, H., and Negishi, H., 1996: Tomographiy of the source area of the 1995 Kobe earthquake: evidence for fluids at the hypocenter?, Science, 274, 1891-1894.

Zhao, D., Tani, H., and Mishra, O. P., 2004: Crustal heterogeneity of the 2000 western Tottori earthquake region: effect of fluids from slab dehydration, Physics of the Earth and Planetary Interiors, 145, 161-177.

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図1 臨時余震観測網による2008年岩手・宮城内陸地震の余震の震源分布。白星は本震、黒星は前震、赤三角は活火山、赤線は活断層、赤四角は地表変状の位置をそれぞれ示す。丸印の色は余震の震源の深さを表す

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図2 震源域およびその周辺域の地震波速度分布。(左図)深さ24kmにおけるS波速度偏差。白星は本震、白丸は余震、赤三角は活火山、赤線は活断層の位置をそれぞれ示す。(右図)左図の黒実線に沿った断面におけるS波速度偏差。黒太線はモホ面を示す。

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図3 GPS観測による震源断層面上のすべり分布。赤色コンターは本震にすべり、カラーコンターは余効すべりを表す。灰色丸印は余震、黒線は活断層、赤破線と青破線は断層面の等深線、赤丸は低周波余震、赤紫ダイヤは地表変状の位置をそれぞれ示す。

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