(株)ダイヤコンサルタント田中 慎一、山下 裕之、西山 卓
グラウンドアンカ−工は、昭和30年代から斜面安定や地すべり対策として採用されてから50年以上経過し、その維持管理における問題点も多く指摘されその都度改良がなされてきた。近年この待ち受け型アンカ−の一部に、集中豪雨などに起因してアンカ−軸力が増加する事象が認められる。本論は、このような施工後におけるアンカ−軸力の増加がアンカ−の基本機能に関わる定着時の初期定着力の導入法に起因している場合もあるのではと考え、初期定着力の考え方について事象解析をもとに検証した。
“待ち受け型”アンカ−軸力の増加事例を図-1に示す。本例では、アンカー施工後に発生した集中豪雨直後から急激にアンカ−軸力の増加が発生し、その後に施工された水抜きボーリングによる水位低下によりアンカー軸力の緩和を図った事例である。
アンカー軸力の急激な増加は集中豪雨直後に認められ、その後の連続降雨に対しても軸力は緩慢に増加し、その軸力増加が収束するのに約1ヶ月以上を要している。
特記すべきことは、十分な地下水低下が図られた後においても緩慢な軸力の挙動を呈していることである。軸力増加の要因は、集中豪雨によるすべり面への過剰な間隙水圧の付加であることは疑いの余地はないが、なぜこのような現象が発生したかが問題として挙げられる。
当該アンカ−は、斜面切土後に予測される不安定化に対応した対策工として、引き止め効果を期待した“待ち受け型”アンカ−として設計されている。
当該アンカーの諸元を表-1に示す。
表-1“待ち受け型”アンカーの諸元
当該アンカーの諸元を表-1に示す。
対策後の斜面安全率は、計画安全率Fsp=1.20に対し、初期定着後の安全率はFsp'=1.10とし、設計アンカ−力(Td)に対し初期定着力(Td')は、76%である。また、すべり面に作用する間隙水圧は、2カ年にわたる観測からボ−リング孔内の最高水位で検討している。このアンカ−軸力の増加に対応するための水抜きボ−リングによる地下水排除効果は十分で、計算上の斜面の安全率は十分確保されている。しかし、地下水位の低下に伴うアンカ−軸力の低減は認められていない。なお、アンカ−材の耐力は、設計水位において計画安全率(Fsp)=1.20に耐えうる材料仕様となっている。
本例において集中豪雨を契機に発生したアンカー軸力増加時に推測される斜面安定度の経時変化を図-2に示す。
図-2斜面安全率とアンカー軸力の変化
施工後におけるアンカ−軸力増加の原因は、斜面が安定を保つために必要な不足力を補うために発生した力である。すなわち、アンカー軸力増加時における斜面の安定度は、限りなくFs≦1.00と解することができる。設計されたアンカ−は、初期定着力において集中豪雨による地下水上昇が計画水位以内であれば、斜面の安全率は少なくともFs=1.10が確保されアンカ−軸力の増加はなかったはずである。
したがって、集中豪雨に起因してアンカ−軸力が増加したことは明白であることから、軸力増加時には設計計画水位より地下水位の上昇(間隙水圧の付加)があったものと解することができ、結果的にアンカー軸力増加後の斜面安全率はFs=1.10からFs≦1.00に低下したことが考えられる。
アンカー軸力増加の原因となったすべり面に付加される間隙水圧の増減とアンカー軸力について試算した結果を表-2に示す。集中豪雨に伴い斜面の安全率がFs=1.10からFs≦1.00になるための水位上昇高は、すべり面からおよそ+6.5mであると試算され、その時の斜面の安全率はFs=0.992となる。この水位上昇高+6.5m以上の間隙水圧が作用した場合に、土塊推力の増加分がアンカ−に軸力として付加されることになる。設計アンカ−軸力から算定されるm当りの換算抑止力(PrA)は、PrA=680.4kN/mで、その時にFs=1.00相当の安全率を保持していた場合の水位上昇高さはすべり面から+9.0mと算定される。初期定着時のアンカ−による抑止力(PrA=517.0kN/m)に対応するその時点の斜面の安全率は、設計時安全率Fsp=1.10からFs=0.904と約0.2ポイントの安全率の低下に対するアンカ−軸力が発生したことが伺える。
表-2 間隙水圧付加と安全率・アンカー効果の検証
この斜面の安全率は、地山内地下水の低下が図られれば計算上の安全率は上昇することになる。本例では、集中豪雨による外力の作用により設計時点の設計アンカ−力(Td)=362.0kN/本に対しアンカ−軸力は最低でも(Td')=332.0kN/本まで増加した。
したがって、初期定着力を設計アンカ−力(Td)=362.0kN/本で対応していた場合、水位上昇高+9.0mでFs=1.00が得られ、限りなく地山変位は抑止できた可能性がある。ここで問題となるのは、“待ち受け型”アンカ−としたことから、異常な外力に対応できず地山挙動を引き起こした点にある。このような事象がどの程度の再現期間があるかを図-3に示す確率雨量計算で検証した結果、アンカ−軸力が発生した24時間雨量250mm程度の再現確率は6年程度と算定された。確率雨量計算をあまり厳密に考える必要はないが、水文量の再現期間を、超過確率で把握しておくことは今後の維持管理においても重要なことである。今後5〜6年ごとに250mm/day程度の集中豪雨が繰り返される可能性があり、そのたびに地下水上昇に伴う斜面の安全率の低下が繰り返されることが予測される。
図-3該当箇所の確率雨量計算
“待ち受け型”アンカ−の問題点をアンカ−軸力増加の事例解析で検証した本ケースでは、初期緊張力を設計アンカー力(Td)とした“締め付けアンカー”仕様とした場合、地山変位およびその結果としてのアンカー軸力の増加は抑止できた可能性がある。“待ち受け型”アンカ−とは、この斜面の目標安全率を当初から低減した考え方であり問題がある。このように、“待ち受け型”アンカ−は、集中豪雨や融雪水、地震時等の想定外の外力に対し地山挙動を引き起こす危険性が高いと言える。異常外力に対し多少でも余裕のある地山対策工とするためには、締め付けアンカ−とすることが望まれる。特に設計アンカ−力(Td)が小さいもの、すなわち、小規模〜中規模を対象としたアンカ−は、初期定着力を100%とすることが望ましいと言える。