大泉開発(株)調査設計部 長内利夫 |
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社名を「オイズミカイハツ」とか「ダイセンカイハツ」とか呼ばれることがありますが、「タイセンカイハツ」と呼びます。坂本和彦社長の父であり創業者である坂本三蔵が地下水開発を始めたころの意気込みとして、掘ったらば「大きな泉のような井戸にしたい」との思いが込められて社名にしたと聞いております。現在の社名に至るまでには、「大泉ボーリング工業所」、「有限会社大泉ボーリング地下開発さく泉工業」、「大泉ボーリング地下開発さく泉工業株式会社」と業務が広がるにしたがって社名も長くなってきた経緯があります。舌を噛みそうになってしまいましたので、すっきりさせて現在の社名になりました。
これから当社を案内してまいります。本社が青森市に、創業の地である北津軽郡鶴田町に事業本部があり、仙台に営業所を設けております。
本社社屋は交通量の多いY字路の角地にありますので、方向によっては正面に「大泉開発株式会社」の金文字が目に飛び込んできます。Y字路角であるゆえに一階の駐車場への車の出し入れにはなかなか神経を使ってしまいますが、近所の人たちはこの駐車場が近道となるので自転車が通ったりして公道と同じように扱われているみたいです。
この社屋は以前に銀行の支店であった建物を改装して使用しております。この中にあった金庫は取り外すのが至難とのことで、重さ数tの厚い金庫扉はそのままとして社長の執務室となっております。したがって、この扉は閉められることがなく邪魔者扱いですが、銀行の金庫に入ったことのない方には興味が持たれる存在です。本社は6名の営業部が主体となって業務をおこなっております。
これから鶴田町の事業本部にまいります。本社の駐車場からY字路の信号で待っている車に頭を下げて車列に車を入れさせてもらい、南に向かって走り出すとすぐに陸上自衛隊第9師団があります。この角を曲がり国道7号線の青森環状線に入り、国道7号線を南西に向かって丘陵性山地の山間を一路走ります。最後の坂を下ると左手に平野部が開けてきます。ちょうど国道7号線のあたりが津軽山地の東縁を切る津軽断層帯の一部となっているためにほぼ直線状に地形が大きく変化しているからです。これから五所川原市へ向かって国道101号線に分かれ、西に向かって走ります。ちょっときつい大釈迦峠を越えて津軽平野へ降りていきます。多分この辺から左手正面に姿形のよい岩木山が見えてくるはずです。車で本社から40分程度で鶴田町にある事業本部に到着いたします。
事業本部の駐車場に入って振り返ると「愚痴を言わない、泣き言はいわない、打つ手は無限」と書かれた大きな看板を見ることができます。倫理法人会の滝口長太郎の言葉です。「難局にぶちあたったらこの看板を見よ」とのことで掲げたものです。事業本部の玄関に進むと、直径60cmで高さ1m程度のコアが立っていますが、岩木山の温泉掘削で切り抜いた安山岩の転石です。モニュメントにしては、いささか味気ないが、これに車をぶつけて転倒させたのは一度ぐらいではありません。これも邪魔者なのかもしれません。その横に庭石が置かれており、先代の社長であった坂本雪子の「不自由を常と思えば不足なし、耐える心の美しさ、努力に追いつく貧乏なし」の言葉が入れられております。創業時の苦労が感じられる言葉だといつも心にとめております。
もうひとつ玄関近くの植え込みの中に、記念植樹を示した木柱があります。「ネパール王国農業省派遣研修生D.B.カルキ記念樹」、「駐在ネパール王国大使館一等書記官スンダル・N・バッタライ記念樹」、少し離れて「ビルマ国ラングーン市役所派遣研修技師ウー・ソー・ウー記念樹」。これらの記念植樹は、かつて昭和50年代にJICAの研修生を受け入れた時のものです。このような海外からの研修生を受け入れたことが契機となり、その後JICAの関係で何名かの社員が海外にでています。同じような仕事でも、海外で現場を経験するとその人が大きく成長して帰ってくるので、機会があれば積極的に出したいというのが坂本和彦社長の考えです。
さて、事業本部には技術職25名、事務職4名で工事部、調査設計部および土質試験の現業部門と総務部が主体となっています。同業種であるので特に特色のある点はありませんが、さく井工事関係ではここ数年ですが温泉の改修工事が目立ってきています。特に竹下内閣の「ふるさと創生」時期に各地で温泉が掘削され、これらが次第に老朽化していることが背景にあります。これにより、他社の手がけた温泉井の問題点が反面教師的で勉強になることもあり、それなりのノウハウが蓄積されております。それにしても平成の大合併によって、ひとつの自治体で複数の温泉施設を管理運営するようになって財政の足を引っ張っているのではないかと感じることがあります。
地質調査関係では津軽平野部の広大な軟弱地盤域での仕事を多く経験していることもあり、軟弱地盤の解析等に多少の強みがあるかなと思っています。津軽平野の中央を流れる岩木川の流域のほとんどは、軟弱層地帯ですので道路の不陸がジェットコースター並みに楽しめますが、しかし、津軽地方の稲わら焼きの煙と冬の地吹雪にはどうしても参ってしまいます。稲わら焼きは風物詩として簡単に片付ける訳にはいかないのです。当地では「稲わら焼き公害」と呼んでいるくらいですから。また、地吹雪は観光資源ともなっていますが、現場作業には最悪で作業中止となることがたびたびあります。
土質試験室は3名で対応しており、土工事に伴った試験が大半です。最近は土工事量によって作業量が隔年で増減している傾向にあります。それでも青森県の場合には新幹線の工事が続いている関係で急激な減少は今のところありませんが、今後は減少に転じるのではと予測しています。この部署だけは、原位置試験と室内試験の関係でいつも遅くまで作業をしています。
仙台営業所は、2名で宮城県を中心として営業を展開しています。どうしても、青森県は北の端となっている地理的関係で、東北地方の情報が中央からの情報よりも遅れて入る傾向にありました。これを補うために仙台営業所が活躍しております。
全社的に大切にしているのは朝礼で、全てのスタートは朝の大きな声での「ハイ」という返事からです。朝7:40から朝礼をおこなっていますので早い人で7:00前に出社し、7:30には全員が出社しています。したがって、業務はすでに7:30ごろから始まっていることになります。朝 早いことは得があっても、損することはありません。
朝から大きな声を出すと、不思議なものでなんとなく元気になり、憂鬱な気分も吹っ飛んでしまいます。
「感動がしごとです」。お客様が期待している以上の仕事をおこなえば、お客様の感動となり社員も達成感と仕事への喜びを持つことができます。自分たちが満足しない仕事では、お客さまに喜んでもらえることは決してありません。これを経営理念として浸透させながら今後も喜んでもらえる仕事に励みたいと考えております。