協会誌「大地」No48

東北大学大学院工学研究科 教授 源栄 正人

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大揺れの前に安全確保

〜緊急地震速報利活用システムの普及・展開に向けて〜

1.はじめに

2007年10月1日から、緊急地震速報の一般運用が開始され、地震時の人的・物的被害の大幅低減が期待されている。現代の科学技術の地震防災への応用である。次の宮城県沖地震、100万都市仙台の中心部では、大揺れの到達する約15秒前に地震発生の警報を出すことができる。

ここでは、緊急地震速報の原理と歴史について簡単に示すとともに、利活用にあたって重要となる利点と欠点について概説する。次に、報知系と機械制御系の利活用において今後の普及展開で重要と思われることや、学校における利活用の実証試験ついて示す。最後に、独自の地震観測網との連動による緊急地震速報の高度利用について紹介する。

2.緊急地震速報の原理と歴史

緊急地震速報の原理、震源から出る地震波にP波とS波があるのを理解する必要がある。P波は毎秒6〜8km進み、S波は毎秒3〜4km進む。P波は情報を運び、S波はエネルギーを運ぶといわれている(図1参照)。

緊急地震速報は、日本全国に設置された気象庁と防災科学技術研究所の地震観測網で捕らえた震源に近い観測点のP波情報が東京の気象庁に送られ、震源の位置と地震の規模を示すマグニチュードが決定される。テレビ・ラジオなどの公共放送による一般向けの緊急地震速報は、地震が発生し、揺れの大きさを示す震度が5弱以上と推定される場所がある場合に震央の位置と県単位での震度情報が放送される。また、専用受信機を所有しているユーザーには気象庁から震源の位置情報とマグニチュードが送られ、専用受信機が設置地点の予測震度とS波到達までの余裕時間を計算し、画像情報や音声情報として伝達される。余裕時間は震源距離が大きいほど長くなる。

地震波の速度よりも電気信号が早いことに着目して大揺れの前に警報を出すという緊急地震速報の考え方は、今から140年も遡る1868年に米国のクーパー博士により発表されている1)。日本は明治維新の時期にあたる。その後、約1世紀を経て実用化の研究がはじまった。地震観測技術と電気通信技術の進歩が背景にある。米国で1980年代からカリフォルニア州を中心に進み、代表的なものに1990年に金森博雄博士を中心にカリフォルニア工科大学と米国地質調査所で開発されたCUBE2)がある。日本においても伯野元彦先生がいち早くリアルタイム地震の考えを示している。実用化されたシステムとしてJRのユレダス(UrEDAS)3)がある。

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図1 緊急地震速報の原理と余裕時間

3.緊急地震速報利活用の利点と欠点

気象庁から発せられる緊急地震速報、巧く活用すれば直接的に大幅な被害低減が期待されるが、直下型の地震には間に合わないことに対する理解も大切である。

また、短時間での避難行動を強いられるので普段から身の回りの安全な場所と危険な場所を把握する必要がある。これが、安全な場所の確保・増加、危険箇所の改善・削減という防災対策のインセンティブにつながる間接的なメリットになる。しかし、緊急地震速報は、その特性上、情報の伝わり方によってはパニックや凍りつき症候群などの非適合行動が現れる危険性があることも指摘されている。どのような状況でどのような内容を誰に伝えるか、そのシナリオを周到に用意しておく必要がある。緊急地震速報の普及にあたり重要であるのは、システムを活用した避難訓練と防災教育である。防災教育・訓練の重要性や社会的基盤づくりという意味において、学校における利活用システムの普及・展開は重要となろう。

4.報知系と機械制御系の利活用

緊急地震速報の利活用は様々な分野で行われているが、人間の避難行動を促す報知系の利活用と機械制御による制御系の利活用、それぞれについて、今後の普及展開において重要なことをまとめてみよう。

報知系の利活用で重要なことは、まず、対象が特定か不特定かによって対応が異なることである。訓練された人員(社員、従業員など施設管理側、学校の児童・生徒)、恒常的に接触している外来者(常連客、通院患者、特定できる住人など)、不特定多数(初めての外来者、一般放送の視聴者)と立場による違いを考慮した対応が必要である。次に、訓練をし易いかし難いかの環境条件に応じた対応である。緊急地震速報を理解している成人、理解していない成人、理解することが難しい園児や幼児、災害時要援護者に分けて周知・訓練による効果の違いを考慮する必要がある。

一方、工場の生産ラインの制御など制御系の対応では、生産ラインを停止することによる稼動損が問題となる。施設の耐震健全性、従業員の安全性確保も含め事業継続計画(BCP)の一環として利活用を考えていく必要がある。緊急地震速報の弱点の一つに、直下型地震など震源距離の短い地点や、海洋型の地震でも沿岸部での活用には限界がある。筆者がシステム開発の指導に当ってきている大衡村の半導体工場における緊急地震速報の利活用システムでは、工場敷地内に設置した独自の地震計によるP波検知情報と緊急地震速報を併用することにより、直下型地震に対する適用性を高めている。

海外に目を向けると、リトアニアのイグナリナ原子力発電所では、発電所の周囲30kmの円周上にある6地点に地震計を配置し、大揺れまで、少しでも早く(4秒〜8秒)システムの自動停止などの対応措置を取るためのシステムが開発されている4)。また、イタリアのアカデミー美術館の有名なミケランジェロのダヴィテ像は免震台の上に載せられおり、普段は固定されているが、地震時には固定装置が自動的に外され、地震時に損傷を受けることがないような工夫がなされている。

これらは、独自の早期警報システムであり、気象庁の緊急地震速報システムのような国レベルの警報システムを構築する費用とは比較にならないぐらい低コストで実現できる。

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図1 緊急地震速報の原理と余裕時間

5.学校における利活用の実証試験

学校は社会的に保護すべき子供達が多く集まる施設という意味合いだけではなく、次世代を担う子供達への教育的意味合いと保護者への認知が期待できる。

実証試験を通じて、現場の意見を取り入れた文言の改善、システムの定時試験機能の組込みや遠隔操作機能の追加、近距離の地震に対応するための外部地震計(P波検知器)の接続機能の追加など、システムの改善を行ってきている。改善されたシステムは、文部科学省の防災研究成果普及事業の一環として、仙台市立鶴谷小学校、石巻市立釜小学校、大崎市立古川第三小学校、白石市立白石中学校に発展的に導入され実証試験が行なわれている。

今後、学校における緊急地震速報の利活用を普及すべくモデル校の実証試験から全校へ展開するためには、県や市の教育委員会が運用している学校群イントラネットの有効活用を推奨すべきである。これが、安価で早期普及を可能にする。

この観点から、筆者らは、平成18年度に、文部科学省の防災研究成果普及事業の一環として宮城県教育庁の「みやぎSWAN」(宮城県の光通信網「みやぎハイパーウェブ」を利用した県立高校約100校と24市町村の小中学校約200校のネットワークで)を利用した緊急地震速報の受配信システムをサーバーのある宮城県教育研修センターに導入し、仙台西校で緊急地震速報利活用の実証試験を行っている6)。本年度、角田市教育委員会からの要請で、耐震診断の結果不適格とされた2つの中学校への緊急地震速報の受信システムを導入し、「みやぎSWAN」を介した配信も行っている。

さらに、将来における学校現場での緊急地震速報の利活用で考慮すべき方向として、防犯機能との融合が挙げられる。防災も防犯の地域の安心・安全のために「学校と地域の連携」が必要である点で共通する。筆者らは、宮城県と首都圏合わせて約649校の学校代表者と26校の教職員とPTAを対象に、緊急地震速報の利活用に関するニーズ調査7)を実施した。この調査より、防犯機能との融合に、高い関心があることが分かった。安否確認システムと連動させ、日常は防犯機能でシステムを運用し、地震発生時には防災機能に切り替わるシステムの構築が可能である。職員室で受信した緊急地震速報は、子供の携帯端末に伝えることが可能となり、子供は、携帯端末のボタンを押すことにより、安否確認できるようになる。このようなシステムを地域と学校の連携により実現したい。

6.独自の地震観測網との連動による緊 急地震速報の高度利用

気象庁の緊急地震速報システムからの震源情報は確かに精度の良いものであるので、震源決定のための地震観測情報の活用だけでなく、より高度な利活用が期待されるが、冗長性や即時性の面で問題がないわけではない。そして、地震時の揺れは、単に「震度」だけで論じられるものではない。場所によって揺れの周期成分が異なり、5階建てのビル、10建てのビル、20階建ての高層マンションでは、それぞれ揺れ方が違う。建築・土木構造物に制震・免震技術の適用が広がる現代社会において、これらの技術との融合による緊急地震速報の高度利用が考えられる。

そのためには、気象庁の緊急地震速報とともに、敷地内や地域に配置した独自の観測網からの地震動情報と合わせて活用することが考えられる。各地点で予測される揺れのスペクトル情報、さらには波形情報など、より高精度な即時地震情報を作り出すことによる高度利用が可能となる。

筆者らは、現在来たるべく宮城県沖地震に備えて、石巻牡鹿総合支所に設置した構造モニタリング機能とP波検知機能を兼ねた地震観測システムを設置し、仙台市青葉山の東北大学の総合研究棟に送られてくる波形情報と気象庁からの緊急地震速報を組み合わせて、より高度な地震対策を行うための研究開発を進めている8)(図3参照)。

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図3 構造ヘルスモニタリングと緊急地震速報の連動による警報システム

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