(株)建設技術研究所 東北地圏環境室 水野 直弥
近年、ダム機能の維持・管理という観点から計画を上回る速さで堆砂が進行しているダムが問題となっているほか、河川の総合土砂管理という観点から、ダム貯水池の堆砂量や流域の流砂量を精度よく推定する手法の開発が望まれている。また、国土交通省は平成13年度より「ダム土砂管理推進検討会」を組織し、学識経験者を交えて以下の3つのテーマについて検討を行っている。
私はテーマ(1)の検討に関連して、「ある程度の精度を持った上で、簡単にその地域の生産土砂量を把握できる手法の開発」を試みた。その成果は文献1)として発表されているが、本報告はその後に行った検討結果を含めてまとめたものである。
全国の国土交通省直轄・水資源機構管理ダムのうち、計画を上回る速さで堆砂が進行しているダムの原因調査を行った結果、乖離を生じた原因として、以下の事項があげられた。
代表的な堆砂量推計式として、田中式、江崎式、石外式、吉良式、鶴見式などがある。いずれも実績堆砂量を目的変数とし、地形・地質などの流域特性を説明変数として求めた回帰式(経験式)である。しかし、これらの式が提案されたのは昭和20〜40年代と古く、当時はまだ十分な期間の堆砂データが蓄積されていなかった。
そこで、本検討では近年(平成12年度末)までに蓄積された堆砂データを用いることにより、経験式の精度向上を目指した。このとき、目的変数としては、貯水池における土砂の捕捉率により実績比堆砂量(m3/km2/年)を補正した値(比流砂量)を用いた。また、土砂の捕捉率は貯水池の回転率からBrune曲線2)により求めた。
本検討における最も大きな課題は、比流砂量と強い関係をもつ説明変数(パラメータ)を提案できるかということであった。
検討に先立ち、ダム貯水池堆砂量や流域の生産土砂量の予測に関する既往文献をレビューした。その結果、比流砂量と強い関係をもつのは、基本的に土砂生産の素因である地形・地質であると考えられた。そこで、本検討においては、パラメータとして特に下記の因子に着目した。なお、全国の地形・地質データとしては、国土数値情報の「標高・傾斜度メッシュ」及び「土地分類メッシュ」を使用した。
「標高」の高い地域ほど第四紀の隆起速度が速く、急峻な地域が多い。また、気象の影響を強く受け、侵食速度も速いと考える。このため、流域の平均標高は土砂生産性のポテンシャルを示すと考えられる。
「起伏量」が大きな地域ほど斜面勾配が大きい。斜面勾配は斜面の安定性に直接関わる因子であり、一般的に起伏量が大きな地域ほど崩壊地が発生しやすい。
起伏量を求めるメッシュの大きさは本来、生長曲線3)などにより地域ごとに設定することが望ましいが、本検討では簡便的に全国一律に3次メッシュの起伏量(=最高標高−最低標高)を用いた。
なお、3次メッシュとは、国土地理院による標準地域メッシュの1つである。2.5万分の1地形図の図画(これを「2次メッシュ」という)を縦横10等分、100分割して得られるメッシュである。
地質によって岩石の硬さや割れ目の発達頻度、風化形態が異なるため、分布する地質によって流域の土砂生産性は大きく異なると考える。そこで、本検討においては、全国の地質を以下の7つに区分した。
既往の「田中式」では、流域の平均標高と平均起伏量との積を「地貌係数」と称して、パラメータとした。しかし、私は流域の地形的特徴(凸凹の様子)は平均値では必ずしも表せないと考えた。また、流域内で土砂生産の活発な地域は、流域の平均的な起伏量よりも大きな起伏量をもつ地域であると考えた。
そこで、流域の起伏量分布(ヒストグラム)において、最頻値より大きな階級とその度数に着目し、次式で求められる値を「起伏度」と定義した。
起伏度=Σ(最頻値より大きな階級×度数)/流域と重なる3次メッシュの総数このとき、階級幅は次式により求めることとした。
階級幅=〔(RMAX)━(RMIN)〕/k
ここで、k≒1+log2(n):スタージェスの公式
n:流域に含まれるメッシュ数
RMAX:起伏量の最大値,RMIN:起伏量の最小値
図4.1起伏量のヒストグラム
全国の国土交通省直轄・水資源機構管理ダムと補助ダムのうち、下記の条件を満たす151ダムを対象とした。
図5.1に「起伏度×平均標高」と比流砂量との関係を示す。両者の間には比較的高い相関が認められる。なお、先に整理した因子以外に「降雨」や「崩壊地面積率」などについても分析を行ったが、「起伏度×平均標高」ほど「比流砂量」との強い相関は認められなかった4)。
図5.1「起伏度×平均標高」と比流砂量との関係
流域の地質条件を考慮するために、流域の6割程度以上を占める地質を代表地質として、地質区分ごとに「起伏度×平均標高」と「比流砂量」との関係を求めた。検討対象とした151ダムのうち流域の6割程度以上を占める地質区分を有するのは、124ダムであった。その結果、両者の相関関係は向上し、下表に示す回帰式を得た。
表5.1比流砂量推計式(回帰式)
図5.2地質区分による地形量と比流砂量との関係
図5.2地質区分による地形量と比流砂量との関係
図5.2地質区分による地形量と比流砂量との関係
図5.2地質区分による地形量と比流砂量との関係
図5.2地質区分による地形量と比流砂量との関係
GISにより全国2次メッシュの「平均標高」、「起伏度」、「地質構成割合」を求め、回帰式から求められる各地質区分の比流砂量を、地質構成割合により加重平均して、各メッシュの比流砂量を算定した。長期的に見れば、流砂量≒生産土砂量と考えられ、こうして作成したマップは全国の土砂生産性を示している。また、土砂生産量強度マップは、GISの画面上で流域界を定義することにより、任意流域の比流砂量を簡便に算定することが可能である。
図6.1土砂生産量強度マップ
土砂生産量強度マップは、土砂生産性の地域的な傾向は概ね再現できていると考える。しかし、任意流域の比流砂量の推計精度はまだ十分ではない。これは、全国一律なパラメータを用いるための限界もあると考えるが、一方では用いたパラメータが土砂の生産に関わる因子のみであることも影響していると考える。このため、今後「比流量」など土砂の運搬に関わる因子を考慮することによって精度向上を図りたいと考えている。
近年のダム基本設計会議においては、計画堆砂量の検討手法として、当該ダムの近傍に位置し、ダムや貯水池の規模、地形・地質を基本とした流域特性が類似する既設ダムの年堆砂量を確率評価し、1,000年確率値まで考慮した期待値として比堆砂量を算出する手法が採用されている。しかし、検討に際して選定されたいくつかの近傍類似ダムにおいて、求められた期待値はばらつくことが多い。
堆砂測量における誤差を別にすれば、これは全く同一の特性を有する流域はないことを示している。このような流域特性の違いを見極めることは、自然現象の観察・考察に慣れた地質技術者の得意とするところであり、私としてはこのようなデータ解析分野においても、地質技術者の活躍の場を広げていきたいと考えている。