協会誌「大地」No46

新協地水(株)代表取締役会長 谷藤 允彦

写真

27.みちのくだより 福島

高層湿原「雄国沼」の紹介

福島県民謡の代表といえば、「会津磐梯山」を第一に思い浮かべる人は多いでしょう。会津盆地の東端にそびえる秀麗な山容は、郡山や須賀川からも眺めることが出来る。会津嶺とか会津富士と呼ばれ、万葉集にも詠み込まれている。

磐梯山のすぐ西隣に、猫魔ヶ岳を最高峰(1404m)とする猫魔火山群があることはあまり知られていない。磐梯山には1888年の噴火により誕生した、桧原湖・秋元湖をはじめとする裏磐梯湖沼群が、生々しく火山の脅威を示している。一方猫魔ヶ岳にはこうした火山活動の記録が無い。磐梯山には美しい裾野を伴うコニーデ型の大磐梯山(1819m)が目立って、遠方からでもその姿を認めることが出来るが、猫魔火山は目立ったピークが無く、見る方向によって姿が変わってしまう。

こうした事情が、有名な磐梯山とひっそり佇む猫魔火山の対照を生み出した要因であろう。

猫魔火山群に囲まれて、雄国沼を中心とした高層湿原があり、尾瀬に匹敵する高山植物と高層湿原植物の花の宝庫になっていることもあまり知られていない。比較的近く楽に訪れることのできるハイキングコースとして、近年知られようになった雄国沼を紹介する。

1・雄国沼の地形と地質

雄国沼は湖面の標高1089m、最大深さ8m、周囲4.62km、面積0.45m2の高原の静かな湖で、沼の周囲は多くの頂部を持つ外輪山に囲まれている。猫魔ケ岳(1404m)、太平山(1349m)、猫石(1335m)、厩岳山(1261m)、古城ケ峯(1287m)、二子山(1285m)、天狗山(1150m)、雄国山(1271m)などである。この外輪山は溶岩流や火砕流、降下スコリア、火砕岩等から成る。

雄国沼はこれらの外輪山に囲まれた、長径3km、短径2kmのカルデラ(雄国沼カルデラ)の中央部西寄りを占めている。沼の南部を中心に周辺約180ヘクタールが高層湿原で、昭和32年に国の天然記念物に指定された。

雄国沼の東側の山体(猫魔ヶ岳・猫石・厩岳山)では溶岩流が主体を占め、北側・西側では溶岩流と火砕岩が互層している。猫魔火山の地質については十分研究が尽くされていないので詳細は不明だが、第四紀更新世前期に活動を開始し、遅くても中期の初めには火山活動が収束したようです。絶対年代では、今から100数10万年前から60万年前頃にかけて活動したというデーターが得られている。

雄国沼は、形成当時は直径2.5km程度の大きさで、水深はもっともっと深かったと思われる。数10万年という年月の間に、周辺山地の崩壊や流入沢水による土砂運搬、後から活動を開始した猫魔ヶ岳や磐梯火山噴出物による埋め立てなどによりカルデラ湖は次第に浅くなった。現在の雄国沼は、周辺が山麓扇状地になったり、湿地帯になったりして、湖の面積が狭められた残存湖と見ることが出来る。

写真

雄国沼の全景と雄子沢川を堰きとめた百間土手 

1657年から1660年にかけて360mのトンネル(雄国堀技堰)を掘削して、雄子沢川に流れていた水を、西側の喜多方方面に流す工事を完成させた。この工事に当っては、トンネル工事だけでなく、雄国沼の貯水量を増やすため、雄子沢川に堤防を築き沼の面積を3倍に拡張したほか、多くの水路を建設した。この事業により雄国新田6集落が形成され、さらに下流の8集落(喜多方市熊倉・塩川町常世地区など)の水田を潤したとされている。

昭和45年には国営雄国山麓開拓建設事業に着手し、22年の歳月と228億円の事業費を投じて平成5年に完成した。この事業の一部に雄国沼からの用水(雄国堀技堰)が利用されている。

3・雄国沼湿原と周辺の植物

雄国沼は場所によっていろいろな植物が分布する。金沢峠のあたりはススキが密に茂り、ワラビ、コウゾリナ等の背の高い草本やレンゲツツジ、ノリウツキ、ナナカマドなどの低木が覆っている。南西方向は熊笹の群生に覆われ、ブナ、ミズナラの林が所々に見られる。北の方向(雄国山のあたり)は低潅木が多く熊笹とクズ・山ブドウなどの薮である。東の方向(太平山・猫魔ヶ岳)はブナの林になり、熊やカモシカなどの大型哺乳動物の棲家だ。沼の南側は高層湿原が広がり、木道が整備されていて湿原に咲く四季折々の花に出合える。西側・北側の山腹や東側山裾は、背の高い草本や熊笹、低潅木に覆われていて、開けて明るい高原状を呈する。

写真

秋の雄国沼周辺の草花

雄国沼湿原は、ミズバショウからレンゲツツジ・ノリウツギ、緋扇アヤメ、ニッコウキスゲ・コバイケイソウ、アキノキリンソウ、エゾリンドウなど、高山植物の花の宝庫だ。中でも初夏のニッコウキスゲの最盛期は湿原全体が真黄色に染まり、外輪山の木々の緑・沼の青とのコントラストは見事というしかない。

4・雄国沼への案内

@金沢峠から

最もポピュラーなのが、喜多方市熊倉から金沢峠を通って入るコースである。金沢峠までは車で入ることが出来、峠からは標高差50mを下れば湿原・湖岸に出る。数年前からシーズン中はマイカーの乗り入れが規制され、萩平に新設された駐車場からバスに乗り換えることになる。

A雄子沢川沿いに上る

国道459号線を、磐梯山ゴールドラインとの分岐から2kmほど喜多方方面に走ると右側(桧原湖側)に駐車場がある。少し戻ると、山側に雄国沼入り口の案内板があり、擁壁の切れ目につけられた階段が登山道入り口になっている。ブナやミズナラの原生林の中の登山道はよく整備され、3km(ゆっくり1時間半)ほど上ると急に視界が開け、すぐに雄国沼休憩舎が見える。休憩舎からは雄国沼と湿原、周辺外輪山を一望することが出来、トイレ、休憩、飲み水の補給場所です。

休憩舎から雄国沼を右回り1/4周で湿原に設置された木道に到達する。左回りのコースをたどると、雄国沼を拡張する為に築堤された百間土手をへて雄子沢川への排出口に出、その先は猫魔ヶ岳への登山道に繋がっている。

B猫魔八方台から猫魔ヶ岳を経由する。

磐梯山ゴールドラインの頂上駐車場から西に向かう登山道をたどると、猫魔八方台を経て2.5km(1時間強)で猫魔ヶ岳山頂である。猫魔ヶ岳からは猫石を経て、約1kmの急な坂道を下ると傾斜はゆるくなり、雄国沼に向かう緩斜面になる。猫魔ヶ岳から雄子沢川排出口までは3km約1時間。コース全体がブナ林を主とする広葉樹である。戻りも同じコースをたどるとすれば、往復12km、5時間程度になり、健脚向きである。

Cその他のコース

国道459号線桜峠から雄国山を通るコース、磐梯町から厩岳山を経由するコース、塩川町から一ノ沢沿いの林道を通り、天狗岩に出るコースなど多くの登山コースやハイキングコースがある。

参考文献

目次へ戻る

Copyright(c)東北地質業協会