日本情報地質学会会長  塩野 清治

(大阪市立大学大学院理学研究科・教授)
39.日本情報地質学会

1.はじめに

 地質情報は災害の予測・軽減、環境評価、土木・建設の計画・設計・施工、地下空間の開発、資源探査・開発など生活に密着する諸活動の基礎資料として不可欠なものです。地質図に代表されるように、地質情報には諸属性の空間分布に時間的関係が加味されている、あるいは空間や時間を分割して離散的に取り扱うなど様々な意味での特殊性があります。そのため、その情報処理には一般的な理論や技術を単純に応用するだけでは対処できない未解決の問題が数多く残されています。地質情報に関する基礎的研究から応用技術の開発にいたるまでの諸問題を、情報科学との境界領域の課題として研究する学問が「情報地質学」です。

 日本情報地質学会(Japan Society of Geoinformatics)は1990年4月に設立された比較的新しい学会です。学会設立の目的は、情報科学的観点から地質情報の特性を解明するとともに、その処理のための理論および技術の研究・開発を行い、地質情報の充実と活用はかることです。

 母体は1979年4月に発足した「情報地質研究会」です。情報地質研究会は、地質情報の収集・蓄積・検索および各種解析・利用に関する成果を会誌「情報地質」への投稿を通じて交流する有志の集まりとしてはじまりましたが、1980年代のパーソナルコンピュータの急速な普及に伴い、会員数が急増して、1986年からは研究発表会を開催するまでに成長しました。社会の急激な情報化に対応して、地質関連分野での情報処理を強力に推進できるように、研究会組織を学会組織に改めました。

 学会誌「情報地質」(英語名:Geoinformatics)の刊行(年4回)、総会・講演会Geoinforum(年1回、6月)やシンポジウム(年1回、秋)の開催などの活動を通じて、情報地質学に関わる研究者・技術者の交流を行っています。国際的にはIAMG(International Association forMathematical Geology;国際数理地質学会)と協力関係にあり、GIS-IDEAS(GeoInformatics for Spatial-Infrastructure Development in Earth&Allied Sciences)をはじめとする国際シンポジウムを積極的に支援しています。


2.歩みと展望

学会発足にあたり、初代会長の弘原海清大阪市立大学教授(当時)は、情報地質学の歩みを振り返り、次のように展望しています(弘原海、1990)。

 (1)萌芽期(1978年以前:研究が始まったばかりで地質学分野では認知されない時代)から(2)少年期(1979年〜1989年:情報地質研究会の活動が理解されはじめた時代)を経て、学会設立により(3)青年期(1990年〜1999年)がスタートする。

【1】個別的・専門的な分野での情報処理環境の整備

【2】情報科学の知識を取り入れた地質学の知識の定式化

【3】データベース、プログラムパッケージなど共有的な情報資源の体系化・組織化への組織的永続的取り組み【4】これらの活動をささえる人材の育成などの課題の解決にむけた10年間の蓄積があれば、次の(4)壮年期(2000年〜2009年)には情報化に対する取り立てた気負いもなく、ごく日常的に研究や業務が高度な情報環境によって支えられるようになるであろう。

 2005年現在から振り返ると、【1】〜【4】の課題は概ね解決に向かっているようです。【1】の情報環境は予想以上の速度で整備されてきました。特にインターネットの普及は情報の流通速度の面で革命的です。【2】の課題については、3次元地質モデリング(塩野ほか、2000)に代表されるように、地質情報の取り扱いについて一定の共通認識がえられました。【3】の課題についても、国土地理院の数値地図や産業技術総合研究所の数値地質図あるいはボーリングデータのデータベース化などなど、基盤的な情報の公開や蓄積が確実に進められています。さらに、1990年当時には予想できなかったことですが、空間情報処理のプラットフォームとしてのGISが幅広い分野で活用されるようになりました。地質情報をGIS上にのせることにより、他分野と情報の共有や活用が無理なく行えるようになったことが特筆されます。

 このように地質情報の特性が次第に解明され、災害の予測・軽減、環境評価、土木・建設の計画・設計・施工、地下空間の開発、資源探査・開発などの基礎資料として地質情報を有効に活用できる環境が整ってきました。現在は弘原海(1990)が展望した(4)壮年期に突入していることは確実です。


3.技術者教育


 地質学分野での情報化が進んだとはいえ、さらに発展させるには、それをささえる人材が不可欠です。地質情報を適切にコンピュータ処理するには、地質学とコンピュータ両面の知識や技術が要求されるため、学ぶ側と指導する側の双方で・どの分野をどれだけ学べば・どれだけのことができるかについて確信が持てないようです。本学会では1998年から地質情報のコンピュータ処理法に関する基礎的教育カリキュラムの研究をはじめ、2000年に5部門からなる「地質情報技術研修プログラム」を提案しました(塩野、2000)。その後も、技術講習会を繰り返しながら、研修プログラムの内容に改良を加えています。
 現在考えている「地質情報技術研修プログラム」の概要を第1図と第1表に示します。部門ごとに密接に関連する課題でまとまりをもたせるとともに、全体として最終目標である地質図とGISに収束するように体系づけています。基礎数学部門、統計処理部門、地質情報部門では、地質学と数学を結びつける基礎的概念が、Excelによる数値計算を通じて修得できます。空間情報部門では、3次元地質モデリングの基礎概念がVisual Basicプログラムを使いながら修得できます。

 GIS部門では、GISの基礎概念と3次元地質モデリングへの応用法がGRASS GISで修得できます。第1表に示すように、地質情報は多種多様で、そのコンピュータ処理には幅広い数学的基礎が要求されますが、この5部門で地質学とコンピュータを結びつける鍵となる基礎的素養をほぼ網羅できています。

 上記の研修プログラムだけでなく、地質関連諸分野と協力して、技術者の継続教育を積極的に推進しています。たとえば、「土質・地質技術者生涯学習協議会」((社)全国地質調査業協会連合会、日本応用地質学会、日本地質学会、日本地下水学会、物理探査学会、(社)日本地すべり学会、日本情報地質学会)の一員として、土質・地質に関わる技術者のための関連情報を集中管理・提供を行うことを目的にした「ジオ・スクールングネット(GEO Schooling Net:土質・地質技術者の生涯学習ネット)」の運営に協力しています。ホームページ(http://www.geo-schooling.jp/)から登録すると、関連する学会や産業団体が提供する研修会、講習会などの検索・参加申込ができ、また「自己学習記録」を自ら管理できるシステムが利用できます。「技術士の継続教育」制度に対応し、技術者の生涯にわたる学習をサポートするための支援システムとして有効に機能しています。

 また、(社)全国地質調査業協会連合会は電子納品した地質調査成果品の有効利用を念頭にWeb-GISを構築していますが、本学会はWeb-GISの基礎技術の習得を目指した「Web-GISサーバー構築実機使用講習会」にも協力しています。


質情報処理技術研修プログラム
第1図 地質情報処理技術研修プログラム

第1表 地質情報技術研修プログラム5部門で扱う課題

  基礎数学部門 統計処理部門 地質情報部門 空間情報部門 GIS部門
地質関連の課題 面の傾き
(走向・傾斜)
面積・体積
観測データの
集計と分析
地質調査
地質図学
ステレオ投影
DEM
等高線図
地質図
地形図
主題図
リモートセンシング
コンピュータ
関連の課題
数値計算法
(数値微分・積分)
Excel の活用
統計解析
(集計・分析)
Excel の活用
数値計算法
(ベクトル演算)
Excel の活用
空間情報の可視化(2 次元・3 次元)
補完・平滑化
ソフトとハード
GIS の基礎概念
データ構造
数学関連の課題 微分・積分
最小二乗法
確率・統計
推定と検定
ベクトル
線形代数
曲面推定法
離散数学
点・線・領域のトポロジー


4.おわりに

 本学会は、急激に進歩する情報処理環境を生かして、地質情報の共有や活用を推進させる動きを行っていきたいと考えています。特に、Webを通じた地質情報の学会が貢献できるところが多いと考えます。

 本学会の活動につきましては、ホームページ(http://www.jsgi.org/)をご覧下さい。また、ご意見やご希望がありましたらoffice@jsgi.orgへお寄せ下さい。


文献

塩野清治・升本眞二・坂本正徳・八尾昭(2000)地質調査と地質図の論理−コンピュータ処理の課題.情報地質、vol.11、no.4、pp.241-252.

塩野清治(2000)地質情報技術研修プログラムの提案.情報地質、vol.11、no.4、pp.253-256.

弘原海清(1990)情報地質学の歩みと展望.情報地質、vol.1、no.1、pp.25-29.
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