岩手県立磐井病院外科  大江 洋文

大江 洋文

54.フィールドでの医学(その2)

 調子に乗って第二弾です。実は3 .クマは昨年の段階で書いていたのですが、紙面の都合で今回に掲載になりました。前回の筆者紹介のクマの出る病院とは、このことだったのです。

3.クマ
 最初に新聞記事を転載します。 “クマが病院駆け回る 岩手、非常口突き破り逃走 15日(2003年10月、筆者注)午前5時45 分ごろ、岩手県一関市山目の県立磐井病院1 階の正面玄関から体長約1メートル、体重約100 キロのクマが侵入、数十メートルを疾走し、非常口のガラス戸を突き破って逃走した。入院患者などにけがはなかった。一関署や病院によると、クマは自動ドアの玄関から入り、待合室を通り、曲がる時に滑って転びながら非常口から逃げ、近くの山中に入った。待合室には数人の入院患者がいたという。同病院の伊藤博次事務局長は「患者さんにけががなくて何よりだ」と話している。
”(岩手日報より)”

 僕の病院は決して山奥にあるわけではないのですが、こんなの来ちゃいました、という感じです。このクマは結局捕まらず年を越してしまいました。数年前には江刺市で家の中に入ってリンゴを食べたクマもいたそうで、どうも岩手のクマは人懐こいというか、建物に入るのをなんとも思わないようです。岩手県はツキノワグマによる被害が多く、2001 年には遠野市で地元の男性が襲われて死亡しております。2004 年も6 月現在でクマによる襲撃事件が県北を中心にすでに3 件報告され、重症の被害者は顔面が星型に引き裂かれていたそうです。以下に、僕たちの病院のイントラネットに掲示された文面を載せます。最近はマニュアルばやりなので、こんなものまでできてしまいました。

  「クマ」冬眠まであと2週間!?
・玄関は、締切ることができないので今までどおりとする。
・対策として、万が一、付近で熊を見かけたら、玄関自動扉の電源off 、院内放送、防火ドアの閉鎖をすることとしました。別に熊よけスプレー(警備員)を準備する。

  当面、次の対応を
1:院外で発見...自動ドアを止める(事務局)
2: 院内侵入....院内放送...防火扉の閉鎖により行動範囲を狭める。
◎病棟は、...階段からの侵入を防ぐ(防火扉閉鎖)(以上、磐井病院クマ対策マニュアルより抜粋)

 クマに襲われた場合は病院に来るしかありません。クマの鋭い爪にかかると、大きな組織欠損をきたし、部位はほとんどが顔面や頭部、力が強いために骨折を合併することもしばしばです。また、山間部での受傷のため土壌による創汚染も高度で、手術をした後の創感染(傷が化膿すること)の率も高度です。ですからみなさんの場合はできるだけクマと遭遇しないように、また万一不幸にしてクマにあったときに襲われないような対応策をとることが大事になります。僕は山にたくさん行っている割には、クマの糞は見たことがあるものの幸い実物に遭遇したことは無く、本やインターネットで調べただけなのですが、クマに遭ったらどうするかというのは山に行く人の永遠の課題のようです。一応箇条書きにしてみます。なお北海道ではより気の荒いヒグマを相手にしているので事態はなお深刻なようです。

#まず冷静に。
#クマが気づいていなければ、静かに立ち去る。
#急に立ち上がる、大声や大きな音を出す、物を投げるなどはクマを刺激するので避ける。
#急に背中を見せて走って逃げるのは自殺行為。犬と同じで走り逃げるものを本能的に追うらしい。クマは100mを7秒台で走る。
#子熊の近くに母熊あり。
#死んだふりはだめらしい。好奇心が強く咬んだり引っかいたりする。
#動かずにじっとして攻撃の意思が無いことを示して、相手が逃げるのを待つ。目をそらさず、なにやら話しかけなが ら後退してもいいらしい。
#笛、鈴、ラジオなどは有効というものが多い。
#もし猟友会の人などが仕留めても熊の生血や生肉は寄生虫感染の点からお勧めできない。

 最近、よくマスコミにも取り上げられ、僕の病院でも購入したのですが、カウンターアソールトという商品があります。これは唐辛子エキスを主成分とする熊よけのスプレーです(本体定価9600円、専用バックルホルスター3,000円。

  これは国内のクマ牧場(秋田県阿仁町、北海道登別)での実験や、冒険家の大場満郎氏、登山家のラインホルト・メスナー氏の実体験でも効果が確かめられているそうです。

図1 一関市クママップ(一関市役所) 図2 青葉区にもクマが(青葉区綱木)
図1 一関市クママップ(一関市役所) 図2 青葉区にもクマが(青葉区綱木)

4.有毒植物
 僕は山菜取りやキノコ狩りも大好きなのでよく仲間と出かけます。その際採り過ぎない・根こそぎ採らないはもちろん ですが、知らないものには手を出さないということを常に心がけています。したがって山菜やキノコで中毒を起こす人の 気が知れません。

  山菜中毒で僕が経験がある、あるいは知っているのは、ウルイ(オオバギボシ)とコバイケイソウ、ワサビ・セリとドクゼリ、モミジガサ・ニリンソウとトリカブトの誤食などです。コバイケイソウは心臓に影響して不整脈を起こす毒成分があり、仙台市立病院にいたときに急患室に来た患者さんがいました。(僕は外科なので治療の担当はしませんでしたが。)ウルイはゆでてマヨネーズで和えて食べるとおいしい山菜ですが、生えたばかりのときは確かに似ています。見分け方はコバイケイソウは葉脈が葉の付け根から葉先に並行に並ぶ、葉は互い違いに生えることに注意ですが写真を参考にしてください。

図3 ウルイ(焼石岳) 図4 コバイケイソウ、根元に注目(経塚山)
図3 ウルイ(焼石岳) 図4 コバイケイソウ、根元に注目(経塚山)

 同じく仙台にいたとき某市の団体職員33名の方のドクゼリによる集団中毒事故がありました。死亡者は出ませんでしたが、毒成分のシクトキ シンは猛毒ですので要注意です。症状は痙攣発作を繰り返すそうです。ドクゼリの根はタケノコのように中空なので、ナイフで縦に切ってみればすぐ分かります。

  モミジガサ(シドケといったほうがわかりやすいかもしれません)は最近スーパーマーケットに並ぶことも多くなった人気の高い山菜ですが、若い時期のトリカブトと間違えて食べられることがあるようです。僕は食べたことがないのですがニリンソウも間違えられるようです(こちらのほうが似ているかもしれません)。トリカブトは保険金殺人事件で有名になった毒草で、古来から附子として知られていました。太郎冠者・次郎冠者の出る狂言で記憶のある方もいるかもしれません。アイヌ民族の矢毒にも使われたアコニチンという猛毒です。致死量はアコニチン3〜6mg (新鮮なトリカブト根:0.2g 〜 1g )といわれ解毒剤はないそうなのでくれぐれもお気を付けを。ただしこのアコニチン、極少量だと薬品として使われるというから驚きです。強心・鎮痛・抗炎症・血糖降下・血管拡張作用など多彩な薬効があるようで、漢方薬で製品になっています。

  食べる山菜ではありませんが皆さんが良く被害にあうのは、ウルシの仲間による接触性皮膚炎かもしれません。肌が弱い人はウルシの木の下を通っただけでも全身に発疹が出るそうです。仙台市太白山自然観察の森には入り口付近にウルシの木があって、看板で来館者に注意を促しています。

<コラム>
朝出勤前のいつものシャワーをしていたら、あの部分が妙に腫れているのに気づきました。ぼこぼこしていてまるで話に聞く塀の中にいる人の歯ブラシの柄を入れた一物のようです。一関には仙台の国分町にあるような店はないし、第一そんな記憶もない、財布の中身も減っていない。でも夜12時を過ぎると記憶を無くすくらい酔っ払うことも間々あるので、その空白の時間に何かあったかと思い出そうとしましたがわかりません。だんだんかゆくなってきて心配になってきました。さて誰かに見せて治療を、となったとき、僕の病院は泌尿器科も皮膚科もすべて女性医師だったことに気 きました。しばらく我慢することにして、その週は仙台に帰省しなかったのは言うまでもありません。そのうち腕やおなかも腫れてかゆくなってきて、前の週に遭難救助訓練の下見に行ったときに、藪こぎをしたあと林の中で用を足したことを思い出して、ウルシによる接触性皮膚炎だとわかってほっと一息つきました。こんなときはステロイド入りの内服薬と外用薬で治療します。ただし、いかがわしいことをしてかかった病気は治療法が違うのできちんと医者に見てもらってください。


図5 ウルシ(太白山自然観察の森)

参考文献
1 )玉手英夫.クマに会ったらどうするかー陸上動物学入門、東京、岩波書店、1987 .
2 )米田一彦.山でクマに会う方法ーこれだけは知っておきたい熊の常識、東京、山と渓谷社、1996.
3 )(財)日本自然保護協会編集・監修.野外における危険な生物、東京、思索社、1982 .(絶版)
4 )米田一彦.生かして防ぐ熊の害、東京、農山漁村文化協会、1998.

謝辞
記事中、クマ外傷については岩手医科大学形成外科の柏克彦助教授・小林誠一郎教授、岩手県立磐井病院形成外科木村裕明先生からご教示を受けました。岩手医大形成外科には全国でも唯一のクマ外傷の専門チームがあります。熊にやられた人の怪我の写真もご提供いただいたのですが余りにも生々しいとのことで掲載は見送りました。ありがとうございました。ネタにした女性医師の皆さんごめんなさい。

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