連載第6回

byロッキー鈴木

52.Between Cinema & Geology


 待ってました大統領!

 前回、『キャリー』の監督が『シャイニング』のキューブリックとともに、公開時点で原作者キングより大物だった少ない例、と書きましたが、実は『キャリー』はデ・パルマのメジャーデビュー作でした。またええかげんなこと、書いてしもた。えろすんまへん。

  さて気を取り直して。今年のアカデミーは、『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』の作品賞以下11 部門受賞で幕を閉じ した。うちの女房と二人の娘は、このシリーズで大ブレイクしたオーランド・ブルームとヴィゴ・モーテンセンの大ファンで、「こんなに賞とったのに、俳優がひとりも受賞できないというのも、珍記録よの」などとつぶやいて、「月夜の晩だけだと思うなよ」とすごまれてしまったほどです。

  また惜しくも受賞は逃しましたが、助演男優賞候補の渡辺謙、外国語作品賞候補の山田洋次監督『たそがれ清兵衛』と、日本勢の話題でも盛りあがりました。

  その『ラスト・サムライ』ですが、デキはともかく、日本を舞台にした過去のハリウッドの大作映画に較べれば、日本人が見てまあまあ違和感の少ない作品であるとは言っていいでしょう。

  かつての『007 は2 度死ぬ』など、忍者の親玉・丹波哲郎の手引きで日本の漁村に潜入したショーン・コネリーが、半裸の漁師に変装して通りをウロウロしても町の人々が誰も気づかない、という奇怪さで、浪漫系名作『ロシアより愛をこめて』や特撮系名作『ゴールド・フィンガー』と同時代、同シリーズとしては珍品としか言いようがありません。シュールです。2 度死んだとしても直りそうもない怪作だと断定できます。

  21 世紀の作品『パールハーバー』ですら、日本軍の作戦会議は旗差物の林立する原っぱで、というテイタラクで、日米同盟日米同盟とどこかのライオン総理が見栄を切るのも所詮は片思い、日本の風俗などに大して関心のない大多数のアメリカ人の認識が映画に反映しているとしか思えません。

  ちょっと脱線しますけど、ベン・アフレックがカーチスに乗って迎撃に飛び立って零戦をばたばた撃墜するのは戦意高揚映画的イカガワシーンで、ミッドウェーで空母もろとも大勢の零戦乗りが海中に沈むまで、米軍機は零戦にまったく歯が立たなかったのです。

  ところで三菱重工製の名機・零戦、確かに戦争後半では、エンジンの出力不足に原因する防弾装置の不備で、「よく燃える」という有難くない評判が立ちます。ちょうど同社の後輩の手によるパジェロがパリ・ダカで連戦連勝を誇りながら、最近「三菱はよく燃える」という不本意な噂があるのと似てますね。え、似てない。ちょっと言い過ぎましたか。

  『ラスト・サムライ』の方は、西郷と西南戦争を下敷きにしているのに渡辺軍の装束が戦国時代のままだったりと、ヘンなことはヘンですが、まあ気が散って集中できないほどでもありません。主演のトム・クルーズが8 ヶ月間特訓したみごとな殺陣を見せたりと、むしろ日本文化の考証に金をかけ、そこを見せる映画になっている、ということもできそうです。もっとも、これは現場での渡辺謙・真田広之両氏から制作側への粘り強い「アドバイス」に依るところが大きい、というのが真相のようですが。

  脚本賞を受賞した「あの」コッポラの娘、ソフィア・コッポラ監督の『ロスト・イントランスレーション』も渋谷が舞台で、ハリウッドの日本理解もそれなりに進んでい る、ということでしょうか。

  一方、カンヌ映画祭では大ダークホースの柳楽優弥君がなんと主演男優賞をとり(是枝裕和監督『誰も知らない』)、映画界 はちょっとした日本ブームです。

  でも今年のカンヌ最大の話題は、もちろん最高賞パルムドールを『華氏911 』でもぎ取った、昨年のアカデミー会場での、「ブッシュよ恥を知れ!」演説も記憶に新しい、マイケル・ムーア監督その人でしょう。

  このヒゲのアニキ、最近には珍しいほどワカリやすい攻撃的文化人なのですが、ディズニー配給を断ったことで逆に誰も見ていないうちから有名になったこの作品、いよいよ全米公開も始まり、秋の大統領選挙の行方を決めかねない影響をアメリカ市民に与えつつあります。ブッシュ氏にとってのムーア監督、難癖をつけて喧嘩をふっかけた相手のフセイン大統領より、はるか 恐ろしい天敵と言って間違いありません。

  「ブッシュ家とビンラディン家はもともと石油利権で結びついた相棒だった」という「トリビアの泉」ならへぇ99 (タモリだけ19 )間違いなし、B 級映画でもこんな脚本は書けない漫画のようなストーリー。事実は小説より奇なり、の主演ブッシュ氏にはかないませんが、過去、大勢の俳優がアメリカ大統領を演じてきました。

  現役の俳優を見ても、例えば実在の大統領ではニック・ノルティがジェファーソンを、アンソニー・ホプキンスがニクソンをやっています。キューバ危機を描いた『13デイズ』でのケネディ役はブルース・グリーンウッド。ジェファーソンはともかく、顔を知られた人物を演じるのは難しい仕事でしょう。

  架空の大統領ではティム・バートン監督の『マーズ・アタック!』でジャック・ニコルソンが怪演、正反対に『アメリカン・プレジデント』ではマイケル・ダグラスが大統領の恋を。TVシリーズ『ホワイトハウス』ではマーチン・シーンが超リアルに。『ディープ・インパクト』ではモーガン・フリーマンが黒人大統領を。この時財務長官だったジェームス・クロムウェルが『トータル・フィアーズ』では核攻撃を決断する大統領。モーガン・フリーマンがそれに仕えるCIA 長官と、上になったり下になったりしています。ま、これは実際の政界でもよくあることです。

  しかしこのクラスの俳優ともなると、実際の大統領、いや現大統領よりよほど大統領らしく思えます。レーガン大統領がソ連を指した有名な「悪の帝国」に対して自分が思いついた「悪の枢軸」というフレーズに興奮し、枢軸というからには3 カ国と相場が決まっているのでどの3 カ国にするかスピーチの時間までに慌てて決めた、と伝えられるお気楽危険な現実の大統領より、スクリーンの大統領の方がはるかに人間的に苦悩しています。ま、あのお気楽さに共感できるのは「人生イロイロ、会社もイロイロ」ソーリくらいです。

  大統領本人がアクションヒーロー、という映画の決定版はやはりヴォルフガング・ペーターゼン監督『エアフォース・ワン』、演ずるはハリソン・フォード。民主主義の押し売りに熱中し、ついには専用機をチェチェン独立派(らしき人々)に乗っ取られるこの映画、ブッシュ氏は手に汗握って、もちろん大好きなプレッツェルも握って、ビデオが擦り切れるまで見たのではないでしょうか。

  この映画の「フォード大統領」は湾岸戦争の英雄で戦闘機乗りなのですが、アメリカ人はよほどこの設定が好きらしく、『インディペンデンス・デイ』のビル・ブルマンもまったく同じ設定。「戦争の英雄」は大統領のステータス。この点、ケリーは◎、ブッシュは△。やはり自分に無いものに憧れてしまうのは人情ですな。

  さて、スクリーンの外で「俳優が大統領になった」のは、先頃亡くなったレーガン氏。彼が現職の時、アカデミーの会場で流されたビデオメッセージを思い出しました。いつになく厳粛な表情のレーガン氏、「お集まりの紳士、淑女の皆さん。今日は素晴しい夜です。過去、ハリウッドは幾千、幾万の素晴らしい映画を世に送ってきました。これらのフィルムは、人類にとって偉大な財産です。もちろん、私の主演したのは除いて。」会場は大爆笑と拍手喝采に包まれたのでした。政治家の評価は歴史がするのでしょうが、スピーチの巧みさ、ユーモアのセンスは、現大統領では及びもつきません。

  アメリカの俳優なら一度はしてみたい?大統領。日本の俳優が総理大臣を演じてみたい、と思いそうにないのは、単に対象としての魅力の差なのでしょうか
 
(イラストレーション:古川幸恵)
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