大泉開発(株)   坂本 和彦

 

31.みちのくだより青森 小泉総理の実姉「道子さん」とともに

 弘前市の弘前公園で、開かれていた弘前さくらまつりは、5 月5 日閉幕した。

 今年は、ソメイヨシノの早咲きの影響で開幕を6 日前倒し、4 月17 日から正式な会期としては史上最長の19 日間にわたって開かれたが、低温の影響でソメイヨシノの状態を保つことが出来た。結果的には見ごろが続いたために、なんと人出は200 万人を突破したという。そんな中、4月26 日午前11 時過ぎ青森空港に三人の女性が降り立った。

 その一人が、渦中の人、”小泉純一郎総理”の実姉の道子さんだった。横須賀市に住む友人の奥様たちと親しくされていることから、イラクの人質問題が解決したら・・・ということで前から計画を立てられていたようである。

 私としては、思いがけない来訪者ということで離青されるまで、極秘を保っていた。

 小泉道子さんは、小泉総理5 人姉弟の長女で総理が離婚した後、二人の息子さんの母親代わりをしてくれた方でもある。お会いしてみて感じたことは、知的で優しくとにかく謙虚な方である。大分前に秘書を務めておられる三女の信子さんともお会いしたことがあったが、性格はまったく違うような気がした。
 
 到着してからは、弘前公園の西堀近くにある「野の庵」という料亭へ・・・津軽の味を堪能でき、さいごに出て来る蕎麦は”幻のそば”という異名を持っている。カネボウ食品のカップ麺としても売り出されているほどである。

 食事を楽しむ傍ら、津軽三味線の全国大会でグランプリを獲得した長峰名人の奏でる音色は津軽そのもの・・・食事を済ませてからは弘前公園の観桜会と銘打って皆で歩き出した。

 道子さんが「坂本さんたちは、幸福ですね。近くでこんなに素晴らしい桜を観れるんですもの」これまで気にも止めなかった桜に、改めてこの地に生まれてよかったと感激に浸れたのは、まさに道子さんのお陰である。

 あいにくソメイヨシノは散っていたが、枝垂れ桜は見事で、しばらく公園内を散策した後、津軽塗り団地へ・・・ここでは馬鹿塗りと言われるほど、塗り回数の多さと津軽塗り独特の模様に道子さんたちは感心されていた。

 販売員を知っていたせいもあって、定価から割引いてもらった。それを見ていた道子さんが嬉しそうにしていたのが印象的だった。

 津軽塗り団地を後にして、宿泊地である酸ケ湯温泉のある八甲田ホテルへと向かった。

 黒石を抜けて城ケ倉大橋に差しかかると残雪が見えて来た。横須賀から来られた三人の女性たちの目に映った”さくらの後に雪”というのは、ある面で神秘さを感じたようである。

 そうこうしている内にホテルに辿り着いた。ワインを傾けながらのディナーは、都会では味わえない”山のホテル”そのものだった。

 翌朝、目覚めてびっくり仰天・・・なんと新雪が20cm ほど積もっていたのだ。それを見たお三方は感激に奮い立っていた。しかし私としては不安感で奮い立っていた。車は夏タイヤである。すかさずJAF に連絡して雪のない萱の茶屋まで車を運んでもらうことにした。

 その後、私のふるさとである鶴田町へ向かった。鶴田町では中野町長の案内で津軽富士見湖に架かる日本一の木橋と丹頂鶴を見学・・・。

 道子さんは、青森県を訪れたのは初めてということもあってか、鶴田という田舎町の光景にさえも興味を示していたのが嬉しかった。

 その後、4 月21 日にオープンした立佞武多(たちねぷた)の館へ案内。高さ22m という立佞武多を見た道子さんの第一声「すごいですね。見応えがありますね」と感嘆の声。

 この館は、中心商店街の活性化を起爆剤にと約40 億円の総事業費をかけて2003年の1 月から建設が進められた。立佞武多展示室をメインに立佞武多製作所、美術展示ギャラリー、展示ラウンジなどが設置されている。

 昼食は、市内ハイカラ町にある「一休寿司」で、県産の新鮮な魚介類が並ぶカウンター席に腰かけた。大間のまぐろをはじめウニ、ヒラメ、ほたて、ぼたんエビなど、道子さんはあわびの刺し身に箸をつけて、「こんなのを東京で食べたら高いでしょうね」と庶民的な一面を見せていた。その後、青森駅前にある市場で新鮮な魚介類を宅配便で送った後、帰りの時刻に合わせて青森空港へと急いだ。無事、お三方は東京へ向けてティークオフ。いろいろと安全面での気遣いはしたものの小泉道子さんの人間性に触れさせて戴き、小泉純一郎が内閣総理大臣に昇りつめた陰には、道子さんというお姉さんの存在が・・・と考えている内に、しみじみ家族の大切さを認識させられた2 日間でもあったような気がする。
 
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