私は理学部の地球環境学科に属し、岩 石や鉱物などに関する授業と、花崗岩を 主体とした岩石学の研究を任務としてお
り、地質調査業協会員の皆様の日常の業 務といささかかけ離れている。ただし、 これまでの約20 年の間に私の研究室に所 属し、花崗岩を主なテーマとして卒業論
文や修士論文を書いた学生・大学院が10 名ほど地質コンサルタントの会社に就職 し、いま中堅・若手の技術者として活躍 しているので、これまで地質調査業協会
と私との関わりが全くなかったわけでは ない。そこで、貴協会誌の貴重なスペー スをお借りして、花崗岩に関する最近の 2 つの話題を紹介して、花崗岩研究の宣伝をさせていただく。
「火の国」日本では活火山が噴火して、 重大な自然災害をもたらす可能性が常に あるので、火山に関する研究は近代科学 が日本に輸入された明治時代初期以降、
活発に行われきており、「火山及び火山 岩」(久野久著)などの火山全体を解説 した専門書が、50 年以上前にすでに出版 されていた。それに対して、花崗岩は国
土の約12 %を占めているにもかかわら ず、火山の根っこにある、地味な岩石で あるためか、これまで花崗岩だけに関す る日本語の専門書は皆無であった。そこ
で私は愛知大学の沓掛教授と共に、W.S. ピッチャー著の「The Nature and Origin of Granite 」第2 版を翻訳して、「花崗岩の成
り立ち?その性質と成因?」というタ イトルの訳本を2002 年7 月に愛智出版か ら出版した。本書の内容は、花崗岩成因 論の歴史的変遷、花崗岩の分類、化学
系・物理系として花崗岩、花崗岩の組織、 花崗岩と火山岩の接点、様々な花崗岩の 成因論、上昇と貫入の機構、ミグマタイ ト、関連鉱化作用など、花崗岩岩石学に
関するほとんどあらゆる側面をカバーし ている。しかし花崗岩の風化や、花崗岩 中の断層と節理などの応用地質学的な記 述は少ない。
本書の冒頭には、著者の学生時代の指 導教授であったリード教授が1957 年に述 べた、「このせわしい時代に、地質学者 が自らの科学のこのささやかな領域の歴
史について、静かに考えをめぐらしてい ても、何の危害を受けないであろう」と いう含蓄ある言葉が引用されている。こ の4 月から法人化され、産学官連携や地
域への貢献が強く要請されている国立大 学において、社会への直接の貢献が見え にくい基礎研究を行っている私には、こ のリード教授の言葉は大きな励みとなっ
ている。ピッチャー博士は、かってア イルランド北部やペルーの花崗岩体の調 査・研究を精力的に行った、花崗岩研究 の老大家であるが、原著第2
版は78 才の ときに出版され、著者の花崗岩研究に対 するすさまじい情熱とエネルギーは、ま さに敬服に値するものである。
いまでは常識となっている、「花崗岩 は高温のマグマがゆっくり固結してでき た」というジェームズ・ハットンの花崗 岩火成岩説(火成論)の提唱以来200
年 が経過したことを記念して、1987 年に彼 の生誕地エディンバラにおいて花崗岩研 究の国際集会が開催された。この国際集 会は以後ハットン・シンポジウムとして
4 年毎に世界の各地で開催されており、 その第5 回大会が昨年9 月に豊橋市で行わ れた。この大会には25 カ国から205 人が 参加し、そのうち日本からの参加は105
人であった。大会では世界中の第一線の 研究者による優れた発表が数多くなされ たが、その中でも日本人研究者による、 世界でおそらく最も若い露出した花崗岩
体である、約140 万年前に生成した北ア ルプスの滝谷花崗閃緑岩についての発表 と、岩手県の葛根田地熱地帯において地 下4,000m 近くまで掘削して採取した、
500 ℃の新鮮な花崗岩についての発表は、 特に外国からの参加者に強い感銘を与え たようである。日本の花崗岩研究にお いても、世界に自信をもって発信でき
る重要な研究が行われつつあることを 実感した。
以上花崗岩に関する2 つの話題を紹介 したが、日本のような沈み込み型プレー ト境界部においては、花崗岩は火山岩と 時空的に密接に関連して産出しており、
火山の全体像を解明する上でも花崗岩研 究は重要である。今後とも多くの若い人 が花崗岩を研究してほしいものである。 そして花崗岩研究を終えたあと、地質コ
ンサルタント業界に職を得て、地質技術 者として活躍してくれれば望外の幸せで ある。 |