東北工業大学名誉教授(地すべり学会東北支部顧問)

理学博士 盛合 禧夫

04.土の見せるさまざまな顔


プロローグ


筆者は長いこと応用地質分野に携わってきたが、元来理学部の地質という純粋科学の出身である。しかし、資源地質分野を10 年、土木地質分野を35 年、この間山形大学農学部で農業地質を14 年間講義を受け持ち、更にカンボジア・アンコール遺跡地質を12 年研究してきた。将しく、応用地質分野では本道を歩んできたことになるが、純粋科学分野から見ればやや外れた亜流だったとも言える。この間随分苦労したことは異なる他の知らない専門分野を理解することであった。このため、これらの地質学との境界分野でいろいろ考えさせられたり、また新しい発見もあった。それでその専門分野における基本的な考え方の違いや本来必要とされる地質学の知識の不足のため生ずる種々の問題点があることにも気がついた。もちろん、逆にその専門分野から教えられることもたくさんあって、これを地質学へ導入したらもっと成果が上がるのではないかなどの示唆もあった。そんなことでまず、気がついた考え方の違いとして「土」の例を取り上げてみたい。地質学、土質工学、農学の立場から述べてみよう。

 地質学では土とは岩石の風化細粒物であるが、この細粒物は所詮、岩石・鉱物にすぎない。それ故、土の研究には地質学の専門知識を常に持っていないと解明できない。そう言っても一般的には土とは軟らかく、広く地表を覆っているもので厚さも数十メートルにもみたないものである。そして、この軟らかい部分は植物などが根をのばしやすい範囲でもあり、これを便宜的に土と呼ぼうとしている。しかし、実際は土とは地史学的発達過程の中で風化・運搬・堆積という大原則に従って定積土(物理的破砕)、運積土(重力・流水・風力・火山・氷河作用による)となって形成される。換言すれば、地殻形成への過程の中で、主として変化(風化)と変動(火山・地震)の歴史の中で生成されたものである。

 土質工学では土は岩石の風化細粒物であることには地質学と同じであるが、土粒子(固体)、液体、気体の三要素から成り立っているということが大前提である。とくに、研究では土粒子の形状、寸法を中心として、液体、気体とのかかわりを環境・応力・風化履歴の中で究明していくものである。それによって調査・計算項目が設定され、種々の土質試験が行われる。そして地盤の状態、盛土、路床、路盤、締め固め、透水、沈下、圧縮、土圧、支持力等が算出される。すなわち、テルツァーギ(1925 )の土質原理を基礎として土構造、構造物基礎の設計と施工など土に関連した工学的諸問題を取り扱っている。しかし、土粒子自体の質なものにはほとんどふれず、極言すれば土粒子とは均質な、粒径の大きさが異なる物質であるとも言える。

 農学では土とは土粒子、液体、気体の三要素での構成は土質工学と同じであるが、最も重要なことは作物の生育に必要な要素を持っていることである。とくに、土粒子を無機物と有機物にわけ、前者は一次鉱物(岩石がばらばらになっているだけで水と酸素を供給する)と二次鉱物(粘土鉱物)に区分する。この粘土鉱物は植物に必要な水の供給のほかCa 、K 、Mg などのようなイオンを吸着する役目を持っている。併せてこの粘土鉱物は土の物理的性質や力学的性質にも強い影響力を与えている。後者の有機物とは生物(動物・植物)の遺骸や排泄物が作物の養分になったものである。また、その養分に変化させる過程の仲介役をする微生物が非常に重要であることを常に強調している点である。

 さて、一般に土の種類として知られているものとして、ポドソル土、褐色森林土、赤色土、黄色土、ツンドラ土、チェルノーゼム土、ラテライト、栗色土、黒ボク土、火山灰土、泥炭土、水田土、テラロッサ、レンチナー土、灰色森林土、プレーリー土、レグゥル土、まさ土など実に多種にわたる。すなわち、このように「土」といっても実にさまざまな顔を持っている。

 そこで、今回はこの中でラテライトについて取り上げる。それは筆者がカンボジアのアンコール遺跡の研究において、遺跡の地盤を構成している土がラテライトであるからである。また、このラテライトはアジア地域に広く発達する土であって私共にとって極めて重要である。

ラテライト


東南アジアにはラテライトは多産し、古くから土木・建築用材として使用されてきた。これは熱帯から亜熱帯の高温湿
潤な環境で、塩基の溶脱だけでなく、脱珪酸作用が進み、遊離した鉄・アルミニウム酸化物が濃集した赤ないし赤黄色の土壌とされている。すなわち、熱帯地方の風化土である。しかし、遺跡の現場に行くとこの定義では実用的ではない。むしろ乾燥して硬い岩石状のものが多いので、土壌と言うよりは赤いレンガ状の岩石と言った方が良い。それで和名では紅土石(硬質粘土)、紅土岩と呼んだ方がわかりやすい。そして未固結で粒状になっている土をラテライト性赤色土として区別する。

 ラテライトの語源はラテン語のLater(レンガ)に由来する。ブキャナン(Buchanan )が1807 年に命名した。地下にあるラテライト性赤土を採掘して日干しにすると硬い岩石状のレンガのようになる。湿った時は軟らかく、乾くと非可逆的に硬くなる。地下に埋没していて地下水や湿気がある時は比較的軟らかく、しかし乾燥すると非常に硬くなる。また水に戻しても、軟らかくならない。数十万年から数百万年程度の風化作用のため塩基や珪酸は大半が溶脱し、鉄とアルミニウムが残留・富化し、酸化鉄の結核やそれが固化した鉄石や更にそれから連結してできた鉄皮殻ができる。ラテライトの主要構成鉱物は、針鉄鉱FeO(OH)2 、赤鉄鉱Fe2 O3 、ギプサイトAl(OH)3 、ベーマイトγ- AlO(OH)、ダイアスポアα-AlO(OH)である。

 
ラテライト

A .アンコール遺跡


1000 年余りも前、メコン川のほとりに一大文明が興った。9 世紀から約500 年間にわたったアンコール朝のクメール王国。現在のカンボジア北西部を中心に、一時は今のベトナム南部からラオス、タイ、マレー半島北部までを支配したその文明は、高度な様式美と近隣諸地域に及
 
アンコールワット

ぼした影響の大きさから、古代ギリシャに比され、この時代のカンボジアは「東南アジアのギリシャ」とさえ呼ばれる。クメール文明もギリシャのように石造建築に優れ、カンボジア北西部で現在確認されているだけでも大小約1300 の建築遺跡を残した。これがアンコール遺跡群である。「アンコール(Angkor)」はサンスクリット語のNagara (町)から出た言葉で、「都市」を意味する。これらの寺院にはラテライト性赤色土の上に最初は主にレンガを用いて建造されていたが、やがてラテライトが用いられるようになり、最終的には砂岩を主とするようになり、ラテライトは基礎とか塀にだけ使用されるようになった。多くの寺院はピラミッド型の寺院で、これはヒンズー教の神話に登場するメール山(須弥山)を表す。この中で最も有名なものにアンコール・ワットがある。また、ラオスのワット・プーは山の斜面に造られた大遺跡である。5 世紀、この地を征服したクメール族のチェンラ(真臘)はここからカンボジアに入り、一大文明を築き上げる。その象徴的な建物が前述のアンコール・ワットである。ワット・プーもほぼ同時期に完成したから約数百年かかったことになる。現在斜面災害が発生し、危険な状態にある。

B .源岩

源岩の推定は困難であるが、鉄・アルミニウムの存在から考えれば、塩基性または超塩基性岩の可能性が最も大きい。しかし、本地域には先古生界・古生界・中生界および各種の火成岩が存在しており、源岩を限定することは極めて困難である。また、ラテライト中には流紋岩や花崗岩および他の石を取り込んでいることも多いので、残積・残留だけではなく運積したものもあり、再堆積して生成されたことも考えられる。また、風化は数メートル〜数十メートルにも及ぶものと想定される。また、通説には数十万年から数百万年、時には第三紀中新世から鮮新世にかけて生成された土壌から残った沈殿物とも言われている。

C .性状

上記のような鉄集積層で、内部構造は球状・魚卵状・同心円状を呈したものが多い。これは酸化鉄核によるもので、更に結核が連結して蜂の巣状となる。水分がある時は軟らかく、一度脱水するとレンガのように硬くなり、吸湿しなくなる(ゲル化(膠化体))。これが一般に言われるラテライトである。

D .分析値


アンコール遺跡地区では、砂岩が珪酸約70 %であるのに対して、ラテライトは25 〜50 %と非常に少ない。また、ラテライトには鉄分が多量に含まれており、それは三価の鉄である。非常に酸化されやすい環境にあったことが想定される。マンガン、マグネシウム、カルシウム、ナトリウム、カリウム(MnO 、MgO 、CaO 、Na2 O 、K2 O )はほとんど溶脱されている。次にラテライトについても、アルミニウムと鉄の関係(Al2 O3 −Fe2 O3 〈酸化第二鉄〉およびAl2 O3 −FeO 〈酸化第一鉄〉)、鉄と珪酸の関係(FeO −SiO2 およびFe2 O3 −SiO2 )をみてみると、酸化第一鉄(FeO )は非常に微量であるのに比して、酸化アルミニウム(Al2 O3 )は11 〜17 %に増加、酸化第二鉄(Fe2 O3 )も20〜49 %台に増加して、いかに酸化されやすい環境下にあったかが裏付けられている。

E .ラテライトと鉄

人類は岩石から種々の道具を作ることを努力してきた。すなわち、岩石は太古から農業・土木工事・武器・宗教に利用されてきた。しかし、紀元前5000 〜6000年頃から金、銀、銅などの金属が発見されて利用されてくると岩石は主な道具の材料ではなくなり、青銅器時代となる。やがて鉄が出現し、鉄器時代へと移っていく。アンコール遺跡には鉄製品がふんだんに使われている。これは何処から持ってきたのであろうか。鉄製品はもしかするとラテライトから抽出精製したのではないかということも考えられた。それはラテライトは無尽蔵にあり、鉄が30〜50 %含有しているからである。また、理論的には炭素で還元すれば容易に抽出できる。それで筆者らは実験室で約100gのラテライトから約40 〜50g の鉄(銑鉄)が簡単に抽出することに成功した。これが事実だとすればラテライトはクメール文明の(武器、農機具、神具など)一大発展に貢献したことになる。

F .共振法によるラテライトの強度

共振法とは筆者らが開発(特許取得済)した非破壊測定法でf =v /21 、f :周波数、v :音速、1 :長さ、この共振周波数から音速を出して圧縮強度を推定する方法である。また、土のような物質は弾性領域と塑性領域との関係で土の劣化や破壊の予測をできるものである。ラテライト(紅土石)はv =1.1 〜2.0km/s でqu =200kgf/cm 2 であり、一般に遺跡に使用している砂岩の強度の70 %程度である。ラテライト性赤色土はv =200 〜300m/s であるが、一般の土よりは強く、特に水の付加によっても強度が低下しない。それ故、太古の昔カンボジアの遺跡の砂地業に用いられていることも解明でき、今更ながら驚く。

参考文献
1 )盛合禧夫:アンコール遺跡の地質学、連合出版,(2000 )
2 )盛合禧夫・松村吉康・他2 名:地すべりに関する新共振法による研究,地すべり,Vol.38 、No.1 、(2001 )
 
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