協会誌「大地」No49

大泉開発(株) 坂本 和記

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みちのくだより青森
我が故郷、津軽

北国の果て、りんごと地吹雪、そして津軽富士と云われる岩木山が最も美しく見える津軽平野の、ど真ん中に私は生まれ育った。

青森県は大きく分けて、太平洋側の南部地方と日本海側の津軽地方とに二分化されているが、津軽広しといえど、我が故郷、五所川原周辺の津軽地区は荒れ狂う日本海によって、鮮やかな春、一瞬で消えてしまう情熱的な夏、静寂すぎる秋、そして、白い悪魔が舞い踊る美しい冬というような鮮明に四つの季節がやって来る地域である。

又、私の住む津軽は昔から選挙違反の町、賭博の町として全国的に有名になったこともある。さらに津軽人の気質は南部地方の人達とは全く異なり、気が荒いとか、良い事をしようとすると足を引っ張るという倫理感に欠ける人間も多いのである。そういう事も反映されているのか、青森県は毎年、年間平均所得は全国最下位であり、その青森県内でも最も低いのが我が故郷の五所川原地域です。よって平均年間所得は本当の全国最下位の地域となっているのである。

津軽最北端の中泊町の年間平均所得は140万円代である。五所川原市の隣町に私は住んでいるが、我が町も150万円代であり、いずれにしても、五所川原市周辺の町村は多くても160万円ということで、不条理の日常、貧しさに耐えながらの生活を送っていると思って良いだろう。

しかしながら、決して暗い生き方ばかりではありません。最近、この地域をなんとか活性化させ、明るい街にしていかなければという組織団体もどんどん増えてきています。先ずはそのひとつとして、東北の三大祭の一つとなっているネブタ祭は青森の人形ネブタと弘前の扇ねぷたは全国的に有名であるが、五所川原市には、出し物としては世界で最も大きな立ちねぶたがある。

五所川原立ちねぶたは、12年ほど前に復活したねぶたであるが、高さ22メートル、重さ17トン、五階建てのビルの屋上に上れば、ねぶたの顔があるという巨大なねぶたである。

この巨大ねぶたは歴史も古く、明治時代に、当時の豪商佐々木嘉太郎(現青森市長佐々木誠造氏の生家)、や大地主の力の象徴として製作され、五所川原町内を運行されていたのだが、大正時代から電気の普及によって電線が張りめぐらされ中止となった。そして12年前に、夢をもう一度と願う有志達によって復元され、立ちねぶたの運行コースの電線をすべて地下埋設し、現在、高さ22メートルの立ちねぶたが毎年4台(大小のねぶた10台ほど)、祭り期間に運行可能となったのである。

初めて見る人は度肝を抜かれるほどの馬鹿でかさであり、地元の人々も毎年、立ちねぶたを見ているのだが、大型立ちねぶたを見るたびに鳥肌がたつほどの感動である。

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五所川原市立ちねぶた高さ22m

夏の火祭りである五所川原市立ちねぶた祭りには観光客も年々増加してきており、今年は油の高騰で観光客が、にぶったがそれでも、130万人もの人々が五日間の祭り期間中、五所川原市に足を運んでくれました。

現在は、立ちねぶた祭りに出陣する大型ねぶた3台を格納し、立ちねぶたの製作状況や津軽の民芸品などを展示販売しながら、年間通していつでも立ちねぶたを観覧できる立ちねぶたの館という施設もあります。

その立ちねぶたの館を中心に、80億円を投入し、街を蘇えらせるという目的で、五所川原市中心街地地区の古い建物をすべて解体し、新しい中心街に生まれ変わろうと区画整備進行中である。

津軽には全国の方言の中でも、かなり難解な言葉が使われています。

津軽といっても、私の故郷まで下りてくると、同じ津軽人でも、イントネーションもそうだが、さっぱり意味の判らないという津軽弁がかなりあります。例えば、「ドヤグ」という津軽弁は青森市の人も弘前市の人も聞いた事のないという津軽弁であると言われるが、「ケヤグ」といえば、友人という意味で、青森の人であれば誰でも知っている標準津軽弁である。

ところが我が故郷の五所川原地区では、「ケヤグ」は、友人で良いのだが、「ドヤグ」はさらに、深い友人となり、親友の意味に変ってくるのである。さらに関係が深まってくると「オヤグ」となって親戚という意味になるのである。

又、北海道の方言に関心を持つ人もいると思うが、多くの北海道の言葉には結構、津軽弁が混じっており、昔、北海道の開拓に多くの津軽の人達が係わった事が津軽弁で証明してくれます。特に道南の言葉はまるで津軽弁と同じで、道南に出張で来た時、あれ?ここは津軽かと思ったこともありました。逆に、アイヌ語が津軽にも流れてきており、どれが津軽弁でどれがアイヌ語なのかは、方言研究家でなければ判らないが、その一つ一つの津軽弁の紐を説いていくと意外にも新しい言葉の発見もあり、非常に楽しいものである。

代表的な津軽弁の会話に「な どさ わ ゆさ」がある。貴方はどちらに行くのですか?私は銭湯(温泉)に行きます」という意味であるが、この「な」と「わ」は、万葉集や古事記にも使われており、津軽弁のルーツは古代の大和言葉から来ていると云う。それが何故か日本創生の神話の多い出雲地方の言葉の発音が津軽弁によく似ているのである。

「知事」「土」「地図」を津軽弁では、「ツンズ」と同じ発音してしまう津軽弁であるが、それが出雲地方の一部でも、なんか同じように発音しているような話も聞く。このように、田舎の言葉は地方地域によって、それぞれ違うが、特に津軽弁の大きな特徴としては、単語が非常に短めに省略され、会話されているのである。「ク・ク・カ・ケ・メ・ン・エナ」これで会話が成立です。この会話を訳せば「これを食べたいですか?・ハイ食べたい・じゃー貴方にあげましょう・食べてください・美味しいですか?・おいしいです・じゃー良かったですね」となります。津軽弁は何故、こんなに短くなってしまったのかと、問われれば、地吹雪の横殴りの雪が口に入るので、早口に言わないとダメなんですと、冗談で答える私ですが、いや冗談でないのかも知れません。我が故郷の地吹雪は半端ではありません。車を運転していると視界ゼロから数メートルという時もあり、先はほとんど見えません。

でも、不思議にも津軽人は運転できるんです。何故できるのか、すべて感による運転です。えーまさかと信じられないと思いますが、それはまさかではありません。感で運転するほかないのです。運転できずにその場所で長時間停車していると、吹雪の吹き溜まりで自動車が雪に覆われ、そのまま二酸化炭素中毒で亡くなった人がたくさんいます。毎年、地吹雪ツアーと称して全国から数百人もの観光客が我々の津軽にやってきますが、数日間の津軽の地吹雪を体験され、初めての吹雪に感動して喜んで帰られますが、心の隅っこにでも、厳しい冬を耐え忍んで生活している津軽の人びとの苦しみを感じとっていただきたいと思います。以上、我が故郷津軽について述べましたが、これから冬将軍の季節に入っていきます、地吹雪の津軽に来た際、冬道は非常に危険なので、充分な車間距離をとり、安全運転をお願いいたします。

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日本海側が津軽地方 ×点が五所川原市

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