協会誌「大地」No47

弘前大学農学生命科学部 教授 檜垣 大助

写真

13.地すべり対策における環境への配慮

1.はじめに

近年、治水・砂防事業では自然環境特性に配慮したさまざまな対策がなされている。地すべり対策事業においては、切盛土や地下水排除など抑制工による土地環境の改変、また、抑止工においても人工法面の発生など、自然環境に与える影響が少なくないと考えられるが、実際の調査・対策工設計・工事においてそれが考慮されている例は私の知る限り非常に少ない。

防災施設も生活基盤施設として次世代へと継承されるものなので、その維持管理とともに自然環境への負荷を考えておく必要がある。地球温暖化問題が国連レベルでも最重要課題と考えれてきている今、地すべり対策でも環境に配慮することが急務の課題である。そこで、地すべり対策事業において、どのような自然環境配慮が必要か、環境影響軽減のために何が必要かを考えてみたい。

2.地すべり地の環境的意義

東北地方を初めとして、わが国に過去に地すべりを起こしてできた地すべり地形は非常に多い。たとえば、弘前に程近い世界自然遺産白神山地(写真-1)ではその面積の1/2強が地すべり地形からなっている。

地すべり地は凹凸に富んだ複雑な微地形や、その結果として、場所によって変化に富んだ土壌環境や表面水・地下水の分布環境が存在するとみられる。このため、多様な植生が成立しやすく,その結果としてのビオトープの多様性や特有の小動物の生息といったことが言われはじめた。このようなことから、地すべり地は生物多様性の存立基盤として重要である可能性がある。また、東北地方では福島県会津地方や山形県などの地すべり地帯に棚田が開かれているのを良く見かける。地すべり地は生活の場,食料生産の場として昔から人間と深いかかわりを持っており、地すべり地は土地利用,水利用などの面で山地に暮らす人々にとって重要な環境となっていることも見逃せない。

写真

写真-1 世界自然遺産白神山地

地すべり地は、(写真-2)のように、亀裂や凹地,段差,小丘などで凹凸緩急の変化に富んだ地形をなすことが多い。

このため地すべり地内では、急崖・池・湿地・崩壊地などいろいろな土質・水文・斜面表層の安定条件からなる土地がある。弘前大学農学生命科学部山間地環境研究室では、白神山地の地すべり地が作り出す森林生態系がどのように地すべり地の微地形と結びついているかについて調査を行っている(写真-3)。

写真

写真-2凹凸のある変化に富んだ地すべり地の地形

写真

写真−3白神山地での植生・地形調査

白神山地において、図-1に示す今は動いていない小規模な地すべり地で、地形縦断線-1に沿って幅5mの帯状の範囲に現れる高木の種類と位置を図-2に示した。

写真

図-1 調査地の微地形と植生調査位置

写真

図-2 断面-1に沿った高木の分布

ここでは、11種の樹木が見つかったが、滑落崖背後の尾根上はブナが主体の単調な林である。さらに、図-1の四角形の範囲で低木や草本の種類も調査した結果、滑落崖上部から尾根にかけては乾燥や不安定な表層土壌条件の場所に生える草本が存在し、また、末端部には湧水があってサワグルミをはじめとして湿性の環境を好む植物が生えていた。つまり、地すべり地の中にはいろいろな水分条件や表層安定条件の場所があり、その結果、地すべりの無い斜面に比べ植物種が多くなっていると考えられる。

地すべり地での土地環境と動植物の結びつきに関するこのような調査はまだほとんど行われていない。地すべり地において配慮すべき自然環境とは何なのか、それはどういう実態にあるのか、まずはこのようなデータの積み重ねが必要である。

3.地すべり対策における環境配慮のあり方

3.1調査と対策工計画

地すべり対策の立案には、地すべりの活動性や活動範囲・微地形・地質・地表水・地下水・土質などさまざまな調査が行われる。これは、地すべり地の土地環境条件を総合的に調査していることにもなる。これらに動植物調査や人間の水利用・土地利用調査等を加えれば、土地環境とその上の人間も含めた生物の関係が分かることになるが、このような見方は景観生態学・応用地生態学と呼ばれる分野になる。

微地形調査は、踏査や空中写真判読とともに、密生した森林でなければ空中レーザ測量が有効な手法である。地下水・地表水の分布・経路については、孔内水位や流動層の把握はもちろんのこと、流動層(脈)ごとの地下水水質調査や層別に地下水追跡を行うなどによって、たとえば湿原や池への水の供給経路、生活利用水の流動経路などの把握を行うことができる。その結果から保全すべき池や湿地,森林土壌中の水,生活用水などへの影響を最小限にする地表水・地下水排除工の提案ができる。地すべり地内に河川があって、押さえ盛土等で水際の環境が大きく改変される場合は、水際の生物調査が必要となる場合もあろう。これは、水辺空間が生物多様性の高い環境にあるからである。

切盛土やアンカー工などに伴う人工法面発生では、最近の法面緑化技術進展に委ねるところが大きいが、現存植生種や現斜面の土壌状態を調査し、土壌の仮置き・覆直しによって在来植生の復旧を図ることが考えられる。法面安定では周辺の環境や景観上の課題から、補強土など土質・地質面からみてコンクリートを多用しない工法の検討も必要であろう。

地すべり対策の工種ごとに環境配慮点の整理と、それに対応した調査内容や既往調査手法の改良、新工法の開発などが望まれる。地すべり対策のための調査は、そもそも自然環境を総合的に捉えているので、従来の調査内容や手法、対策計画・設計手法を応用地生態学的な見方で整理検討し、環境配慮型防災対策を提案していくことができるはずである。

3.2対策工事施工計画

積雪地帯では工期が生物の活動期と重なる場合が多い。施工による騒音や振動、水質汚濁などへの配慮が必要で、工期スケジュールに検討を要する。

環境に配慮した設計がなされても、その思想が施工者に伝わらないと良い結果は得られない。場合によっては人力施工が必要なこともある。また、設計図面に沿って機械的に石や河川の流れなど自然物を配置するといったことが適切でないこともある。設計者と施工者の連携によって、現場に応じた臨機応変な対策施工が必要であろう(施工中の地下水位観測(層別が良い)や池の水位観測などで排水工の影響が出たら、直ちに設計者と調整し、施工方法や工法を変えるなど)。仮設道路による動植物への影響も考慮すべき事項ある。

4.おわりに

希少植物の保護や見た目の景観だけへの配慮では、持続可能な環境保全型の防災対策とは言えない。土地環境とその上の人間も含めた動植物との結びつきを捉えることが重要である。そのためには、地盤調査技術者と生物に詳しい人や地域の自然を熟知した住民とが連携した地すべり対策の検討が望まれる。

目次へ戻る

Copyright(c)東北地質業協会