岩手県立磐井病院外科   大江 洋文

大江 洋文

43.フィールドでの医学(その3)

 学術の薫り高い大地への野医者の寄稿(奇行?)も3回目、そろそろ不適切な内容に抗議の声も来るところかもしれませんが、またまた紙面を汚させていただきます。頂いた大地は、内容に専門的過ぎて難しいものもありますが、きれいな風景や、美女の写真など楽しませてもらっています。


4.有毒植物(その2、キノコ)

キノコ狩りは自然を愛する日本人の秋のお手軽なレジャーとして昔から定着しています。特に信州や東北地方で盛んです。一関周辺には須川岳(栗駒山)があり、この周辺ではブナハリタケ(カノカ)、ナラタケ(オリミキ、ボリ、サワモダシ)、クリタケ(ヤマドリタケ)、ムキタケ、ナメコなどが採れます。知らないキノコは食べないにこしたことはないのですが、同じキノコでも成長の過程に従って随分と形が変わります。特にツキヨタケは中毒の多いキノコですが生え始めはシイタケそっくり、成長するにつれてムキタケとも似てきます。その名のとおり、発光物質を含有するため夜間に蛍光を発し、中毒して吐いたものまで光るそうです。十分ご注意ください。写真のように、裂いたり、ナイフで切ったとき茎の根元に黒いしみがあるのが特徴です。(図1、2)毒キノコはそれ自体で本が一冊できるくらいたくさんあるのですが、命にかかわるものはそれほど数は多くなく、知らないものに手を出さないことで中毒は回避できることを強調したいと思います。白くてつばがあって根元につぼのある種類は猛毒で特に注意を要します(ドクツルタケ、シロタマゴテングタケ)。と、ここまで書いていて、昨年秋のスギヒラタケ騒ぎです。報道によると秋田や新潟など日本海側を中心に、人工透析などを受けている腎機能障害のある中高年者が急性脳症を発症したものです。報道によると2004.10.31までに、48人が発症し、そのうち13人が亡くなったそうです。毒キノコ中毒での死亡者は第一回の表で示したとおり、多くても2002年の5人、通常は年に一人程度だったことを考えると異例の多さといえるでしょう。スギヒラタケは他に間違えやすい毒キノコもなく、初心者にもわかりやすい食菌で、欧米でも天使の翼と称して、広く知られているものなので各地のキノコ同好会などのキノコ界に与えた衝撃は相当なものでした。現在国立感染症研究所などで調査中ですがなにせ問題になったのがキノコの旬を過ぎてからだったため、現物が手に入らず原因物質の特定にはまだ至っていないようで、残念ながら当面は食べないほうが無難なようです。

写真   図1 うまそうなツキヨタケ(大東岳)


ちなみに仙台の泉ヶ岳周辺でも昨年はスギヒラタケが大量に採れて、僕の家族もたくさん食べた上に、近所や親戚にも手広く配ったものですから少々肩身の狭い思いをしました。キノコは毎年新しい知見が発見されるため、今回のように従来食用と考えられていたものが毒キノコに認定されることも良くあるそうで、図鑑もあまり古いのは参考にしないほうがいいと仙台のキノコ同好会の方がおっしゃっていました。

僕のキノコ採りのお約束は次の通りです。

#知らないものには手を出さない。
#まず毒キノコから覚える。慣れてきたら少しずつレパートリーを広げてゆく。
#初めてのものは少量食べて様子を見る。食べすぎは禁物。生食も極力避ける。
#人をあまり信用しないこと。(これについては貰ってすぐには食べないで、2〜3日後にくれた人に“こないだ貰ったキノコ、食べ方わかんなくて、まだ食べてないんだけど、どうするとおいしく食べれるの?”と電話しましょう。電話にその人が出たら、OKです。)


<参考文献> 小山昇平.日本の毒キノコ.長野、ほおずき書籍、1992.


5. 体温調節障害(低体温症・熱中症)

恒温動物である人間の体は体温37℃前後という極めて狭い温度の範囲でしか生態活動を営めないようになっています。

写真   図2 根元の黒いしみに注意(泉ヶ岳)


体温は概念的には核心温(深部体温、core)と外層温(shell)に大別され、核心部は体温調節の制御対象で一定の温度に調節されている一方、外層部は外気温の変動が起こったとき、寒いときには熱を産生し、暑いときには熱を外に放散するように調節しています。この調節機構があるため人間はいろいろな気候のところで生活できるわけです。3年前に行ったインドの東カラコルムは氷河上の行動が長かったのですが、日中はプラス30℃でTシャツでも暑いくらいなのに、明け方はマイナス20℃にも下がりました。

(図3)この気温の変化の中でも僕の核心温は37℃に保たれていたわけです。しかし、これがひとたび破綻すれば、呼吸・循環・消化などの人間の基本的な生命活動への障害を生じ、すなわち死を意味します。皆さんのように野外でお仕事をされる機会の多い人たちにとっても切実な問題だと思うので、寒いほうと暑いほうについて少し書いてみます。

写真   図3 アタックキャンプからテラムシェール氷河
(インド、東カラコルム)


低体温症

皆さんにとっては疲労凍死という言葉のほうがなじみがあるかもしれません。

人間は体温が35℃より下がって何の手当てもしなければ死んでしまいます。凍死という言葉は誤解を招くのですが、凍って死ぬのではありません(死んでから凍ることはありますが)。季節も冬には限 りません。同様に凍傷も手足の指が凍る わけではありません(末梢循環不全、つまり血の巡りが悪くなって体の組織の血流障害をきたすのが本態です。)八甲田山という新田次郎の小説があります。全身の衣服を脱ぎだす者、カラスや救助隊の幻覚を見る者など克明に記載されていますが、これはまさに低体温症の症状を表現したものです。映画にもなったのでご覧になった方もあるでしょう。人間の体温が下がると表のような症状が現れてきます。(表1)ここに出てくるコア体温(深部体温)とは聞きなれない言葉かもしれませんが、内臓や脳の温度のことで、腋の下などで測る表面の体温より約1℃程度高いものです。




山屋やボーダー、スキーヤーにとっては雪山での雪崩埋没がもっとも恐ろしいシナリオです。入山時に僕たちは雪崩三種の神器とよんで、雪崩ビーコン(発信と受信の両方が出来るもの)、ゾンデ(折りたたみ式の金属の棒で、雪に埋まった人を突いて探る)、スコップ(埋もれた人を掘り出す)を必ず持って行きます。(図4)東北地方ではこれに一升瓶を加えて四種の神器といって、寒さをしのぐのに使います(嘘)。アルコールは末梢血管を拡張して熱を放散させる方向に働き、体温調節機構も低下させるので与えてはいけないのです。山岳救助犬がブランデーのボトルを首にかけているのは、漫画だけの世界なのです。

写真   図4 雪崩3 種の神器


僕たちが関わっている雪崩講習会では、重症の低体温症の人を手荒に扱うと心室細動という致命的な不整脈を来たして死亡すると言うことを強調しています。体の隅々に血液を送り出す心臓の筋肉が勝手にばらばらに動いてポンプの働きをなさなくなることで、せっかく救助した人を死に追いやる、いわゆるレスキューデスの原因になります。マッサージしたり、励まそうと思って体をゆすったりするのは正に殺人的行為になりかねません。

低体温症は山だけではなく、トライアスロンやダイビングなどのスポーツの際も問題になっており、戦争の際に古くはハンニバルのアルプス越えやナポレオンのロシア遠征の際に大量の死亡者が出たという記載もあります。しかし病院で一番身近に遭遇するのはホームレスや泥酔者の方です。日本における患者発生数は東京、大阪、北海道の順に多いと言うことの意味がお分かりと思います。


熱中症

あまりなじみのない言葉かもしれません。パチンコに熱中する、合コンに熱中する、不倫に熱中する(あまりいい例えが浮かびませんが)など、一般には熱中とは何かに夢中になることですが、医学の場合の熱中は、熱に中る(あたる)こと、この場合の“中”は、百発百中や脳卒中の中です。いまどき運動中に水を飲むとばてるから飲むなという運動部はないでしょうが、熱中症は脱水と切っても切れない関係があり、暑いときの水分(及び塩分の)補給が重要です。最近はスポーツドリンク(イオンサプライ飲料などしゃれた名前でも呼ばれますが)の粉末が簡単に手に入るのでこれを利用すると良いでしょう。しかし重ねて強調したいのは、この中で重要なのは水分と食塩中のナトリウム、そしてエネルギー源となる糖分です。1リットルの水あたり、9gの食塩と約40〜50gの砂糖があれば、味はともかくそれらしいのは出来ますので、蜂蜜を入れたり、レモン汁を足したりしてお試しください。

熱中症の実態は家庭の医学などの本を参考にしていただけばよろしいのですが、日射病・熱痙攣の軽症と熱疲労・熱射病の重症の見極めは現場では是非ともつけなくてはなりません。重症の場合は体温調節機構がすでにいかれているため、体温の上昇を伴い(軽症では体温上昇は軽度です。)、多臓器障害などを起こして生命にかかわります。大至急、集中管理の出来る病院への搬送が不可欠です。


<参考文献>

並木昭義・山蔭道明.図解―体温管理入門.東京、真興交易医書出版部、1998.救急医学.21(9)特集:体温、へるす出版、1997.

船木上総.凍る体.東京、山と渓谷社、2002.

低体温症の図表については山仲間でもある仙台山岳連絡会議の鈴木孝さんにご提供いただきました。彼とは遭難救助訓練や雪崩講習会で腐れ縁がもう十数年続いています。参考文献の“凍る体”はヨーロッパアルプスのモンブランの氷河に転落し、16時間後に深部体温28℃で意識不明の状態で救出され生還した医師のドキュメンタリーで、一般の書店でも容易に入手可能で読み物としても面白いのでおすすめです。

ここまで3回書いて、アウトドアについてはネタがつきました。これで終わりにしようと思ったら、担当者からもう少し続けるようにとのご指示です。次回から“世間の常識、医者の非常識”とでも仮に題名をつけて、病院や医者との上手な付き合い方など書いてみようかと思います。皆様方の素朴な疑問に答える形式がいいと思うので。編集部までご意見やご質問をお寄せください。
例えば

#身内が手術を受けるのだが担当の先生に何か志は渡したほうがいいのか?
#主治医があてにならないが、気分を損ねずに替える方法はないか?
#手術を勧められたが、迷っている。
#身内が癌といわれたが本人にどう伝えたらいいか迷っている。

等等です。面白くない、評判が悪いとすぐに連載を打ち切るそうなので、ご意見をお待ちしています。

登るドクター大江先生が質問を募集されています。医療に関する一般的なご質問がございましたら協会事務局「大地編集部会」までお寄せ下さい。先生とご相談の上、返答可能なご質問には紙上でお答えします。(個別のご病気の相談はお受けできません!病院に行くかラジオ健康相談などをご利用下さい)なお、採用させていただいたご質問には薄謝を差し上げます。どしどし楽しい質問をお寄せ下さい。
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