岩手大学工学部建設環境工学科

                         教授 大塚 尚寛

 

02.斜面緑化と景観

1.はじめに

 わが国は国土が狭く、その80%が山地である。そのため山地を対象とした大規模な開発行為がこれまで数多く行われ、森林の伐採や山地の切り取りによって結果的に多くの斜面が形成されてきた。

 岩盤が露出し裸地化した斜面は、降雨、積雪、凍上・融解、風あるいは地震などによって土壌浸食、崩壊、落石、飛砂などが発生し易く、地すべりや斜面崩壊といった災害に結びつく危険性がある。そのため、従来の斜面処理は、土砂の流出防止や安定解析に基づく設計・施工といった防災的要素が強かった。しかし、近年の自然保護や環境保全に対する社会的関心の高まりや環境関連法規制の強化などを背景として、自然環境保全を重視しない開発は社会的に受け入れられない状況にある。そのため、斜面処理も防災的要素ばかりでなく、”斜面緑化”という環境保全型の施工技術が不可欠となっており、斜面緑化技術の在り方も、”生態系保全”と”景観保全・創造”を前提とした「斜面を安定させる緑化技術」が求められている。なかでも景観保全は、人工的に形成された斜面が周囲の景観を阻害して問題となるばかりでなく、開発行為イコール自然破壊というイメージを必要以上に与えるため、地方自治体における景観条例制定の動きとも併せて、斜面施行における重要課題となってきている。そこで本稿では、斜面緑化と景観について基本的な事項を紹介する。

2.景観とは

 「人を見かけで判断してはいけない。」と子供の頃、親や先生によく言われたものである。これは裏を返せば、それ程人間は見かけで人や物を判断する傾向があることを示唆している。実際、人の性格や資質などは、外見からある程度推し量れるような気がする。斜面もこれと同じ様に外見から判断されることが多いようである。岩盤が露出し崩れかけた斜面は、見る人に防災上の危険さと共に景観上の醜さも与える。また、コンクリート吹きつけされたような斜面は、人工的なイメージが強く自然環境保全の観点からも受け入れられない。人間は、情報の90%以上を目から取り入れているといわれる。環境問題の中でも、騒音、振動など耳や身体で感じるものと比較して、景観は目から入る情報であるために、広範囲に多くの人から眺望され、問題の対象になり易い事項である。そのため景観保持を十分に考慮した斜面緑化を行うことが必要である。 

3.斜面緑化

 従来の緑化は、生育の早い草本類(主に外来草本)を用いてのり面を被覆させ、早期に緑の量を確保するとともに、降雨などに対する耐浸食性の向上を主目的として施工されてきた。しかし、草本類の緑化は、急傾斜法面では、その永続性や植生の遷移などを期待することは難しい。また、根系の発達が不十分であり、生育基盤の崩落などの危険性が指摘されている。さらに、草本類は、景観的にも生態的にも周辺の自然と調和しにくいなどの問題がある。

 これらの現状を踏まえ、自然の保護、復元あるいは景観の維持や生態系の回復などを目的として、草本類主体から木本類を主体とした緑化への転換が必要とされる。緑化の速度では植栽するほうが有利であるが、播種による樹木は根張りもよく、その土地の環境に適用できるので斜面には播種による緑化が向いているといえる。また、使用する植物も肥料木や、肥料草を中心として、在来種を取り入れるようにするべきである。

4.斜面景観の視覚的特性

(1)斜面の目立ち易さ

 斜面は、傾斜角が大きくなるにしたがって、見えやすく、目に付きやすくなる。自然地形では、傾斜角15°は急斜面、15〜30°は崖錐、30°以上は崖と呼ばれる。人工的に造成される斜面は多くの場合、その傾斜が30°を超える。したがって、自然地形の中に斜面が造成されると、視線入射角の大きな斜面が自然地形の中に発生することとなり、見えやすく、目立ち易い景観が形成されることになる。造成された斜面に植生がない場合には、周辺の自然植生との異質性によって、さらに目立ち易い存在となる。

(2)斜面景観の視覚的指標と見え方

 斜面の見え方は、距離、仰角、視角などの視覚的指標によって影響を受ける。その見え方は、斜面の規模と視点からの距離によって異なる。

(a)視距離による分類

 景観を視距離により分類すれば、近距離景、中距離景、遠距離景の3つに分けられる。

@近距離景(300〜400mまで)

 一本一本の樹木の葉、幹あるいは枝ぶりなどの特徴が、視覚的に意味を持つ領域。斜面の植生状況が把握でき、生育している樹木の固体が識別できる距離域。

A中距離景(3〜4kmまで)

 一本一本の樹木のアウトラインは見極められるが、近距離景で見られた一本一本の樹木の細部はもはや捕られることができず、樹木群が綾をなす領域。視覚対象は斜面頂部までの全体が把握される距離域。

B遠距離景(3〜4km以上)

 一本一本の樹木のアウトラインは、もはや捕らえることができない領域。目につくのは、大きな植生分布の変化や沢や谷などであり、色の変化は明暗差の変化になり、それも淡く、いわゆる「山紫」の状態になる。対象斜面は全体の輪郭が周辺景観のなかで捕らえられる距離域。

(b)仰角による分類

 対象景観を背景となる山の仰角により分類すると、つぎの3つに分けられる。

@仰角5°以下の山

 スカイラインが視覚的に卓越した重要性をもつ。低仰角であるため、視野的には空と全景が大部分を占め、風景は散漫化するとともに、山は手前の障害物に隠れて容易に見えなくなる。

A仰角9°近傍の山

 スカイラインばかりでなく、山腹にも興味が持たれる。視野としては、山容全体を容易に見越すことができるとともに、スカイラインを見るにもわずかな頭部の運動で少し見上げるという感じで捕らえることができる。

B仰角20°近傍の山

 視覚的な興味の対象は、山腹に移ってくる。視野としては、山容を見越すことはできるけれども、もはや山腹斜面が一つの小世界として壁立的に現れてくる。

 表-1に、対象の法面高と仰角、距離、見え方の関係を示す。

(3)全景に対する面積比(高さ比)

 斜面の裸地面積がどの程度の比率まで景観的に許容されるかに関する研究としては、切土法面が背景の山に対して大きすぎると感じるのは、切土法面の高さが、背景の山の高さの1/3〜1/4を超えた場合であるという報告がある。

 また、斜面がどの程度の大きさに見えるかによって、景観的影響度が異なってくる。一般に、対象の見えの大きさは、対象自身の規模と視点から対象までの距離(視距離)によってつぎのように表され、対象の景観的印象を左右する重要な要因である。

(見えの大きさ)∝(対象の規模)/(視距離)

 いま、斜面の高さをH、斜面までの距離をDとし、見えの高さHaを、(1)式で定義する。

     Ha =H/D   (1)

通常の視力の人が、対象をはっきりと見ることのできる視角、すなわち熟視角は1°といわれている。つまり、対象を識別できるのは、その大きさの約57.3倍の距離が限界であることになる。これを見えの高さに換算すると、0.037以下であれば、斜面は景観的に問題にならないものと考えられる。

 表-2に、視角1°に対する法面高と距離との関係を示す。

5.斜面景観の調査と予測

 ここで対象とする景観とは、斜面が造成されたときに、斜面が出現する前と比べ「環境のながめ」がどのように変化するかを、調査・予測・評価するものである。

 図-1は、景観の調査、解析、対策の概要を示したものである。はじめに、現地踏査などによって現況の景観調査を行い、景観特性の把握・整理を行う。つぎに、斜面の造成に伴う景観変化を予測・評価する。さらに必要に応じて、景観対策を検討する。

 景観の調査・予測方法は、可視解析、定量的解析、視覚的解析の3つに大別される。調査・予測では、斜面が眺望地点から見えるか見えないか、すなわち、可視不可視領域を判定する可視解析が基本となる。つぎに、斜面が見える場合、どの程度見えるかという見えの大きさ(量)を扱う定量的解析が必要である。さらに、斜面がどのように見えるかという見えの状況(質)を扱う視覚的解析が必要である。

(1)可視解析

 斜面が周辺地域のどこから見えるかを判定することは、景観を扱う上で最も基本的な事項である。可視解析とは、斜面が周辺地域のどこから見えるかを明らかにするものである。可視・不可視の判定には、視点と斜面を結ぶ直線(視軸)がメッシュ標高モデルにより作られる地表面と交わらない場合には可視、交わった場合には不可視とする方法を用いる。

(2)視覚的解析(景観シミュレーション)

(a)コンピュータグラフィクスによる景観シミュレーシヨン

 斜面造成に伴う地形の形状変化や緑化による修復状況は、コンピュータグラフィックス(CG)によりシミュレーションする。この方法では、まず、斜面を含む対象地域のメッシュ標高データを入力して、数値地形モデルを作成する。これに斜面造成に伴う地形改変や修復緑化による地形修正などにより標高が変化する地点のデータを更新して、各視点から眺望される斜面の様子を、森林や山肌の遠近感や光線の加減による立体感をリアルに表現できるポリゴン画像処理法によるサーフェイスモデルによりシミュレーションする。

(b)カラー画像処理システムを利用したフォトモンタージュの作成

 CGにより斜面造成に伴う景観変化を、かなりリアルに予測できるようになってきている。しかし、CGには地形や森林以外の地域景観を構成する要素がすべて含まれているわけではなく、現時点ではアニメーションの域を出ていない。したがって、景観評価を行う場合には、実際に撮影した現況写真をベースとして、CGを照合することによって作成したカラーフォトモンタージュを使用する。

6.景観評価

 景観とは環境に対する視覚的な側面をいい、ある特定の活動を通じて相対的に評価されるものである。そのため、絶対的普遍的な判断基準を求めることは困難であり、斜面景観の評価においても、これまでは自然保護的観点から定性的な評価が行われてきた。近年では、斜面景観評価に計量心理学的手法を導入して、複数の人間の主観的評価を統計的に処理することによって、定量的に評価することが可能となっている。

 図-2に、景観予測、評価システムのフローを示す。景観評価では、計量心理学手法に基づく評定尺度法とSD法(意味微分法)による実験を行う。評価尺度法では、斜面がどの程度見えると景観的に問題となるか、あるいはどの程度緑化を行えば景観的に許容されるかといった見えの大きさ(量)を扱う定量的解析を行う。一方、SD法では、斜面がどのように見えるか、あるいはどのように緑化すればよいかという、見えの状況(質)を扱う視覚的解析を行う。

7.おわりに

 土木や建築などの設計目標として、「用・強・美」という概念が昔からいわれている。機能的に優れ、強度的にも安全で、しかも美しくなければならない。つまり、これら三位一体のものを目指さなければならないということである。このような概念で斜面造成を捉えるならば、「用」は生態系の保全、「強」は斜面安定、「美」は斜面景観とでもいえる。「用・強・美」が一体となった斜面造成を行えば、景観の問題をはじめ、その他の諸問題も自ずと解決されるのではないだろうか。

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